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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

山野井文書5

広島県史 古代中世資料編Ⅳ 山野井文書

   五 大内氏奉行人連署書状(切紙)

 

       (安芸)

 去廿七日、至府中動之時、堀越在家令放火、同仁保嶋敵船一艘同[  ]者、引

    (弘中越後守ヵ)   (露候) (神妙ヵ)     (被申旨候ヵ)

 執之由[   ]注進慥令披⬜︎⬜︎、尤⬜︎⬜︎之由、能々可[   ]、恐々謹言、

 

   (大永二年三月)(1522)     (弘中)

    [     ]         正長(花押)

                 (杉)(興)

                    ⬜︎重(花押)

 

 「書き下し文」

 去んぬる廿七日、府中動きに至るの時、堀越の在家に放火せしむ、同じく仁保嶋の敵

 船一艘・同じく[  ]は、引き執るの由弘中越後守注進し慥かに披露せしめ候ふ、

 尤も神妙の由、能く能く申さるべき旨に候ふ、恐々謹言、

 

 「解釈」

 去る三月二十七日、安芸府中の戦に向かったとき、堀越の民家に放火させた。同じく仁保島の敵船一艘、同じく[  ]を奪い取ったことは、弘中越後守が注進してきた内容を、確かに大内義興様に披露しました。「いかにも感心なことである、とくれぐれも能美氏(仲次ヵ)に申し伝えられるべきだ」、という仰せです。以上、謹んで申し上げます。

 

 「注釈」

「堀越」─現広島市南区堀越か。旧仁保島村(『広島県の地名』)。

「弘中越後守」─大内氏家臣。永正五年(一五〇八)、大内義興に従って上洛。山城守

        護代(『戦国人名事典』)。