周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

朽木義綱氏所蔵文書1

 『朽木義綱氏所蔵文書1』(東京大学史料編纂所架蔵写真帳)

 

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。

 

 文明十二(一四八〇)年麻生御米預状(乾・七七ページ)

   御米之あつかり状事
    合拾九石四斗者上野・上村  二村ニあつかり
               申候
   文明十二年十二月廿一日 麻生〔姓〕百性中
  御くらにあまり候間、二村へ            あつけ候、

 

 文明十四(一四八二)年付椋川御蔵御米算用状(乾・七九ページ)
   (端裏書) 「椋川御蔵」
    椋川御倉 御米算用状之事
      合文明十四年分
   百三十貳石七斗   本米之内
   壱斗        御倉祝
   壱石六斗      かち方へ渡代二貫文分
   六斗        かち両人方へ渡代壱貫文分
   壱石壱斗七升    市小屋者ニ御下行
   五斗        御しんさう様下殿御うへさまへまいる
   壱石        与次郎ニ被下
   壱石六斗五升    椋川惣へ渡御鑓之柄代三貫文
   貳斗        椋川やもめニ被下
   壱石五斗七升    御中間右衛門次郎下地半在之
   貳斗        在庄
   五石        けん米
      以上拾三石五斗六升
     残而百拾九石壱斗壱升之内
   五月一日  四石弐斗    代七貫文 六升宛

    (後欠)

※田代論文、一四四頁。仲村領主1論文、二三五頁

 

 長享二(一四八八)年十二月付段銭算用状(乾・二二ページ)

    長享貳年十二月日
   進上
   ]別二百文宛
     在家之惣都合六十貫文
     此内あき十三貫六百六十九文
     納現銭四十六貫三百廿八文

   ]百六十文宛
     新開之惣都合六十貫文
     此内あき二百四十八文
     納現銭六貫四百七十八文

   ]十文宛
     本田惣都合八貫六百十七文
     此内あき四貫四百五十二文
     納現銭四貫百六十二文
       あきの惣已上十八貫三百(六カ)(九カ)□十□文
       納現銭惣已上五十六貫九百卅八文
   ]つかいお□の分

※仲村領主2論文、一五六頁。

 

 明応元(一四九二)年九月付御米算用状(乾四一)

  納申御米算用状之事
    合明應元年九月日
 新開
  貳十五石四斗三升うりかい升延而廿五石
  六斗八升之内祝ニ下行四斗一升延徳三年
  宮前未進二斗五升本利、同明応元年分
  二斗五升未進、宮川掃部助地下相論、
  壱斗二升八合當未進、平良小川さうろん、
  定残廿四石六斗九升三合納定、

 彦三郎納帳分
  廿石六斗貳升うりかい升ニ延而廿壱石
  六斗四升之内、貳斗五升祝ニ下行、壱石八斗
  公事弁、定納十九石五斗九升内、
  此内壱石五升三合未進在之、三斗六□未進  二斗□□新殿未進
              一斗四舛[ ]三斗六舛三合 上野  未進

 古賀升八石八斗九合両三人さん用状在之
  六石五斗二升当郷うりかい舛ニつめて   古賀所当 平井       同□五郎方両三人分
        (後欠)

※湯浅論文、高村家臣団論文、一六頁。

 

 明応九(一五〇〇)年十二月十七日付椋川古川殿下地注文(乾七二)
 (端裏書) 「椋川より」(飯田民部) (裏花押)
 むくかわ古川殿下地事
 半  惣大夫    半  十郎大夫
 三畝 衛門二郎
 三畝(宮内後家カ) く内こけ 
 半  ミや左近
              (ま脱カ)
 三畝 左近二郎大夫三せまちを二せちと申        
  明応九年十二月十七日

※仲村領主1論文、二四四頁。

 

 明応九年十二月吉日付大野古川殿田畠注文(乾一七)
    (飯田民部) (裏花押)
 (預) 領申古川殿田畠事
 田二畝 小野三郎大夫方 新田也
 田二畝 同妙金方    新田也
 畠一所 同主 所当ハ大豆五升
 田一畝 大野宮内二郎方 新田
     已上
  明応九年十二月吉日
    大野分

※仲村領主1論文、二四四頁。

 

 明応十(一五〇一)年正月吉日付村井古川殿下地作職注文(乾五)
 (端裏書) 「下地之注文(飯田民部) (裏花押) 村居惣中」
  古川殿下地作職之事
          村居中
 新田三畝  在所ハ宮之北  道ゆう持分
 新田二畝  在所ハたうのお 左近次郎持分
 新田二畝半 中しま     藤四郎
 新田三畝  在所ハいつりお 同主
 新田一所  在所ハ宮之北  小野右近四郎持分年貢一斗所也  
 新田二畝三合目在所ハ宮ノ上 たつ刑部四郎
 新田四畝半 在所ハ堂ノ前  たうのおの刑部四郎 
    以上
  明応十年年辛酉正月吉日

※田代論文、一四五頁。仲村領主1論文、二四五頁。

 

 明応十(一五〇一)年三月付古川殿指出注文(乾・五〜六ページ)
 (端裏書) 「角河之分」(飯田民部) (裏花押)
  古川殿下地之指出之事
   合明応十年辛酉歳三月日
 小   在所中洞口   公方地頭本役百文    作職道永
 小   ぬく谷口    公方地頭本役百文    作同
 小   在大畝并      公方領家本役百五十文   作同
 半   在田助垣内     公方地頭方本役代百文   助三郎
 小   在所とちう谷口  公方地頭方本役百文    作職高井
 一反  (在)      さい孫二郎屋敷分
 半   在所五句畠之下   公方地頭方本役弐百文   作職左近
 半   在所小橋之つめ  公方地頭本役弐百文    衛門四郎
 半   在所野々下     公方地頭方本役弐百文   源介
 小   在所滝谷口     公方地頭本役百卅二文   孫四郎大夫
 小   在所滝谷口     公方地頭本役百卅二文   作中司
   以上田数四段
 │││││││(紙継目飯田民部裏花押)││││││
  古川方買徳指出注文之事
   合明応十年辛酉三月吉日
 田 畠  大 少  在所作道年貢八斗此之内 公方地頭方本役弐百五十文
 壱段    在所渡瀬年貢壱石此之内公方地頭本役三百五十文
 壱畝々半  在所釜土年貢壱斗五舛此内公方地頭本役五十文   
 壱段八畝  在所橋より上此内   公方地頭本役弐百七十文
 半     在所柴谷年貢五斗此之内公方地頭本役百五十文 
 四升まき   在所下潅頂木本兵衛三郎売分公方地頭本役参百卅文   
 大     在所大杉山神森下年貢五斗此内公方地頭          
    以上

※仲村領主1論文、二四六頁。

 

 明応十・文亀元?(1501)年古川殿下地注文
            (『滋賀県史採集文書』県有影写文書、一三二、朽木雑々文書)

      古川殿下地之注文事
 一、二畝々半、此下地ハ借物すこしの方ニとられ
   申候、借状まてにてお文なく候、 治部
 一、半、此下地ハいの年之徳政之春の借物にて候、
   ついに徳政にハ御□なく候て、下地をめさ
   れ候、             弥三郎入道
 一、六畝、此下地も徳政之歳之成かうし((マヽ))之方に徳
   政行候て、三年めしをさへとられ申候、
                   谷口郎次郎((カ))
 一、貮畝、是も徳政之年之借物ニ候、 宮内次郎
 一、六畝、是も徳政年借物にて候、  伊賀方
 一、麻ま時一升(〔まきカ〕)ま時之下是も同(〔地脱カ〕)候、  源三郎
 一、半、是ハけ物に((マヽ))て候、      中司
 一、貮畝、此下地春徳政之年借物方の利分ニとら
   れ申候、是めいわく候、又借物に永代文書を仕
   候つれハ、此文書を御出なく候てめいわくに
   候、委細ハ修理内殿((進カ))之御存知にて候、此時上様
   之御一筆を申うけたく存知候、  心□
 一、貮畝、此下地ハけん物ニ(〔現物〕)候、   弥三郎
 一、壱畝半、是ハ久□下地にて候、  中司
   徳政明の年四月・五月ニかうく之催促候、慥
   来秋まてと侘事申候へ共、御せういんなく候
   て、皆々下地をめされ候、百姓心中を御はかり
   へし、

                 地子原御百姓

 

 永正元(一五〇四)年十二月二十五日付小川・平良両村起請文(乾・三七ページ)

  起請文之事
日本国中にて大小神祇」、殊者当社大宮・十禅師」蒙御罰之申、椋川与」麻生仁不可有
同心者也」、仍起請文如件、

  永正元年十二月廿五日
      小河
       〔両〕 □村十五人
      平良

※高村家臣団論文、一六頁。

 

 享禄三(一五三〇)年十一月吉日付本御庄年貢納帳(坤二三)
  (表紙) 「本御庄御年貢帳之事
       享禄三年十一月吉日」
 (二丁目)  納本御庄御年貢帳之事
    合享禄三年十一月吉日
   二斗八升三合        宮前刑部大夫
   六升二合          古川藤五大夫
   七升二合 此内二升河成     市紀藤次
   一斗二升四合        古川紀四郎
   三升一合          御中間与四郎
   二斗四升四合        古川紀四郎
   九升五合          同道清
   六升二合          同ひけ左近
   六升二合          同左近四郎
   一斗八升六合        同庄司大夫
   四升一合          同刑部大郎
 (三丁目)  六舛二合          同馬三郎
   二斗一升七合      此内五舛七合川成引享禄三年  岩神大郎大夫     
   六斗二升          古川刑部二郎
   一斗二升四合        大江左近与三弁
   六升二合          □□□七
    已上貳石三斗七升三合

   二升            前より川成
   五升七合          岩神かた山前之川成
   九升五合          口引
   五升            肴
   五升            畠田肴
    残而貳石一斗(×舛)一合  
 (四丁目)   御米分
   四斗五升六合七夕      かし村源四郎
   一斗三升五合五夕      坊村藤左近
   四升二合八夕        同弥四郎
     刑部五郎半在家
   一斗二升九合        坊村弥四郎
   一升四合          宮前道弥
   六升四合 一円川成      坊村刑部太郎
     太郎左近半在家
   七升一合五夕        岩神きしひたひ
   七升一合五夕        同
   三升            道弥
  (五丁目)   大郎大夫
   五升三合三夕        岩神彦三郎

     紀藤次
   一斗七合         宮前 平五郎大夫
   七升一合五夕       同 刑部大夫
   二升一合四夕       同 四郎衛門
    已上壱石二斗六升一合内
   六升四合          川成
   五升五合          口
    残而壱石一斗四升二合御蔵納

※仲村領主2論文、一七一頁。

 

 天文十(一五四一)年十月吉日付河原田御年貢納帳(坤五二)
  (表紙) 「         合天文拾年
    納 河原田御年貢帳
           十月十九日」
 (二丁目)   納 河原田御年貢帳之事
      合天文拾年拾月吉日
 │/五斗三升六合五夕      あなかせ  九郎五郎
 │/貳斗三升   但嶋田分     同人
  貳斗八升   源右衛弁  同門     次郎五郎
  四斗五升           同人
 │壱斗三升 此内一斗天文八年より川成とあり           同人 
 此内一斗二舛天文八年より川成と有│三斗九舛          兵部中間 九郎三郎
 │貳斗三升       但嶋田分    次郎五太郎
 │七斗貳升       飯田中間    三郎兵衛
 │三斗八升       藤五中間    与次郎
 │五斗             林紀三郎□□
 │壱斗             飯田新右衛門方(三丁目)     
 │四斗九升     御飯米ニ引給 大郎衛門
 │壱斗五升           五郎四郎分
  三斗三升           大郎左衛門
 此内三舛は従□川成、又三年従享禄□年川成と有 八斗三舛           同人 
  五升  屋敷かけ残□川成     同人
  一斗             井料ニ引
  六斗             惣川成之分引
  四斗九升           大郎衛(御飯米カ)門□□□ニ引
  貳斗三升           嶋田分わ□□ニ御記□へ
                 渡申、殿の□□あり         てとなり
    以上三石九斗二升六合五夕
   御蔵納定

※湯浅論文。

 

 天文二十三(一五五四)年五月吉日付針畑田地注文(乾・六〇ページ)

   針畑田地之事
    合天文廿三年五月吉日
  七段百六十分   上白屋名
  二段十分     今井名
  六段二百廿分   田中名
  七段五十三分   山本名
  六段三百卅一分  小入名
  三段四十五分   上中寄名
  五段       下中寄名
  五段二百九十分  下白屋名
  七段卅分     くほう名
  五段百廿分    滝権寺名
  九段小      下司
  九段八十分    公文名
  壱町三百十分   能家上名
  壱町一段五十分  同 下名
    以上十町十九分

※『朽木村志』一〇八ページ。

 

永禄十一(一五六八)年十一月二十八日付椋川京夫・若狭夫人数注文(乾三八)
  椋河之(京夫カ)きやうふ之人数
         之事
   合
 ミツなし衛門三郎 とうまへ 弥三郎
 あらたニ二郎三郎  あらたニ刑部三郎
 下村刑部大郎  くろたニ源四郎
 下村くろたニ刑部二郎  いたのおう左近大郎
 □かたニ左近三郎  のなかさし新五郎
 (若狭カ) ワかさ夫之衆
 いぬいたニ三郎二郎  下村いたのおう九郎衛門神主也
 下村さゝかたニ馬二郎   あらたニ二郎大郎神主也
 中司(カ)刑部三郎神主也 さゝたニ三郎四郎

  公事人
 以上此分也     椋川(略押)
    永禄十一年戊辰十一月廿八日
  進上

※湯浅論文。

 

 永禄十一(一五六八)年十一月二十八日付椋川公事免人数交名(乾・三九ページ)

    公事せぬ人数之事
     合
  下村いたのおう 太郎二郎    内若たう
  下村いたのおう 慶 善    さゝかたに 孫衛門
  もりわき 管助方之若たう
  もりわき 左衛門三郎方
  あらたニ 太郎三郎    内若たう
  井上(カ) 弥四郎殿
    以上九人
             椋川(略押)
     永禄十一年戊辰十一廿八日
   進 上

※仲村領主1論文、二六七頁。

 

 天正元(一五七三)年十月二十一日付本御庄年貢納帳(乾一三〇)
 (表紙) 「      天正元癸酉歳
   納本御庄御年貢帳
        十月廿一日」
 (二丁目) 納本御庄御年貢帳
   合大豆八合升定
  六斗貳升       古川(カ)しきみかいと
  一斗貳升四合     同瀧谷大□
  六斗貳合       同彦五
  貳斗四升四合     同左近九郎
  壱斗貳升四合     同次郎三郎
 (二丁目) 壱斗八舛四合     同庄司大夫
  六升二合 茶や分  同  たか(カ)いう 
  六升二合       同左近四郎
  九升三合       同左近大郎
  六升二合       同与次郎
  四升一合 岩神□□ 左近三郎分  次郎左衛門
  五升三合 □□分  〔紀カ〕  □藤次
  貳斗九升二合     宮前刑部大夫
 (三丁目) 六舛二合       野尻□兵衛
  壱斗六升五合     岩神左近大郎
  三升壱合       与左衛門

   以上貳石貳斗八升壱合

    五升 八合升定 さかな豆下行候

 (四丁目)  納御年貢米 七合升定
  四斗五升六合五夕   樫村□部
  七升一合五夕     宮前刑部大夫
  壱斗七合       同平五郎大夫
  壱斗九合       大工二郎兵衛
  四升二合八夕     坊村藤左近
  貳升五合五夕     同上
   此升壱斗七升川成

  (四丁目)  大郎左近半在家
  三升         宮前四郎五郎
  貳升 此外川成在之  飯田源大郎方
  壱升         岩神二郎兵衛
  五升         飯田中務丞方
    刑部五郎半在家
  壱斗二升       宮前惣衛門
  壱升四合 弥□郎分  同上
    以上九斗六升六合[

    □川成分
  六升四合       宮前刑部大郎
  二升一合       同四郎衛門

※湯浅論文。

 

 天正元(一五七三)年十月二十三日付麻生年貢納帳(坤一)

 「       天正元癸酉歳
   納麻生御年貢帳
       十月廿三日」
 (二丁目)   納麻生御年貢米帳
     合七合升定
    参石九斗       本米
    貳斗八升三合三夕   かうし米
    貳斗七升三合     口米
     以上四石四斗五升六合三夕
    五斗  新開升 此者越□年貢
      此内三斗うりかい升 木こりニ御下行候
               毎年如此
 (三丁目)   納大豆御年貢帳
      合八合升定
     二石七斗貳升三合  本大豆
     四斗七升七合    口大豆

      以上三石貳斗
 (四丁目)    御諸下行分
   百卅八文  まな板買代
   卅文    豆腐
   四十五文  口
     以上用百十五文
     〔米カ〕此□貳斗八升
   五升 八合升  御さかな豆
   壱升大豆       うりかい舛  口御祝さかな
     同豆腐一□□分下行候

※湯浅論文。

 

 年月日未詳御蔵収納状(乾九二)

   田中御蔵納分 十石延
 拾六石貳斗三升五合
   あら川御蔵納分
 六石五斗
    御さしき借米
 壱石五斗     上殿返弁

※仲村領主1論文、二三六頁。

 

 年月日未詳坊村百姓中申状(乾八八)

          (飯田民部裏花押)
     坊村之内、古川殿(押領)わうりやうの」下地之事、御(尋)たつねニつき候て、」申上候、
  一、田小、在所ハうまやしりミなくちなり、」これハ坊村(方)小た郎の下地ニて候、」然古
    川殿我か(内)地ないにてあるへきと、」おほせられ候て、(押召)おさへめされ候間、」惣とし
    (詫)てわひ事申候処ニ、五升」つ(小脱カ)(はカ)ゝ、た郎へまつをゝ御出候て、」下地をハ無御返候、
    此分まてニて候、
                            坊村之百姓中

※文亀頃カ
※藤田論文七六頁

 

年月日未詳道通・ついたち中連署申状(乾五五)

            (飯田民部裏花押)
    在所ハのりのく(カ)ほ一段 
  田一段、坊村小た郎の下地ニて候、」是ハ坊村(通) (寄進)道つうのきしんニて候、」(作職)さくしきハ、
   道通つくられ候処ニ、」古川殿之借物を御くミたて」分さくしきニより候て、此」
   小た郎の下地を、古川殿へ」御請とり候、此内一斗四升つゝ、」毎(初穂)年はつをゝ御出
   候、
                           道通のまこ
                           ついたち中

※文亀頃カ
※藤田論文七六頁

 

 年未詳古川殿召上下地注文(乾一二)
      (飯田民部)(裏花押)
  古川殿召上下地事
  三畝 弥四郎右近持分惣連判ニ取上候
 字大谷口 一畔畝 六升五合(所) 諸当
  めうせ谷口畠
  壱斗六升 右近五郎売渡
  半田 与五郎持分
    うつを谷分

※仲村領主1論文、二五〇頁。

 

 年月日未詳地子原百姓申状
   古川殿下地之注文事
 一、二畝々半、此下地ハ借物すこしの方ニとられ申候、借状まてにてお文なく候、
                                治 部
 一、半、此下地ハいの年之御徳政之春の借物にて候、ついに徳政にハ[ ]なく候て、
   て、下地をめされ候、
                                徳三郎入道
 一、六畝、此下地も徳政之歳之成[ ]之方に徳政行候て、三年めしをさへこられ申候、
                                谷口[ ]部

 一、貳畝、此下地者徳政之年借物方の利分ニとられ申候間、めいわく候、又借物に永代
   文書と仕候つれハ、此文書とい出なく候て、めいわくに[ ]以、委細ハ修理□殿
   の存知にて候、此時上様之い[ ]を申うけたく存知候(ママ)、心錐 

 徳政明の年四月・五月ニかうく之仕候程、来秋まてと侘事申候へ者、せういんなく
 候て、そ之下地をめされ候、百姓心[ ]いはりあるへく候、    地子原御百姓

※仲村領主1論文、二五七頁。文明十一年カ、延徳三年カ。

 

 年月日未詳野尻彦五郎申状(乾・六九)

  申上下地之事
   合大分者
 在所者畠田之事
 此内御屋形様へ参斗五升弁
   又貳斗五升古川殿へ
 已上合六斗分    弁 
           野尻彦五郎

※仲村領主1論文、二五八頁。

 

 年月日未詳朽木庄家割帳(坤九五)

     家別
    荒川分
  左近九郎大夫
 □□ 中司
 四郎 中司
  又二郎大夫
  道□
  三郎太郎
  衛門三郎
  藤三郎
 ひこ三郎 中司
  平四郎
  畠中
  三郎九郎大夫
 せいしん 馬二郎
  平三郎大夫
  源五郎
  衛門四郎大夫
  源三郎大夫
  三郎四郎大夫
  介二郎
  馬二郎
  藤五郎
  せいおう
  坂衆
 ちいあん 衛門二郎
  助二郎大夫
  小三郎
  衛門二郎
  刑部大夫
  刑部四郎
  二郎太郎大夫
 松 源二郎
   以上四十一間

     椋川分
  平次郎    右井谷
  平三郎    同
  弥三郎    (堂前)たうまへ
  左近三郎
  弥二郎
  左近二郎   神田
  弥三郎    あら谷
  次郎太郎
  弥二郎
  左近三郎
  弥三郎
  弥大夫    中山
  惣五郎大夫
  衛門五郎
  次郎太郎大夫 板尾
  五郎衛門
  左近四郎
  衆家馬
  左近
    以上十九間

□□ 麻生上野
  刑部四郎
  又大夫
  又五郎大夫
  介二郎
  宮内二郎
  弥二郎
  左衛門四郎  小坂
  左近太郎
  左近二郎
  刑部太郎
  左近     くほ
  助五郎
  道くわん   九郎かいと
  刑部二郎
  弥二郎    ちら□
  助大夫    岡
  介二郎
  与一大夫
  与三郎
  谷□
  三郎大夫
  四郎五郎
  太郎五郎
  五郎次郎大夫
  左近次郎   中付
  左近三郎大夫
  与三郎大夫
    以上廿人

    地子原分
  左近九郎   谷
  左近二郎
  水□
  後藤四郎
  後藤左近
  孫二郎
  竹腰
  平四郎衛門
  上山左近
  四郎大夫
  四郎次郎
  藤内
  後藤四郎
  五郎兵衛
  左近大夫
  左近次郎   □
  十郎
  与五郎兵衛
  太郎左近
  四郎左衛門
  宮内
  藤二郎
  弥太郎大夫
  弥四郎
  源左衛門
  助太郎
  小太郎
  弥□
  源二郎
  左近三郎
  左近四郎
  左近五郎
  与一左衛門
  与平次大夫
    以上卅四

    洞谷分
  若 法 師 家一
  与二郎大夫
  こ ん 屋
  藤左衛門
  刑部四郎
  与 三 郎
  衛門五郎
  衛門二郎
  五郎太郎
  左近三郎
  左近五郎
  与 平 次
  平五郎大夫
  与 平 次
  与 五 郎
  藤 二 郎
  衛門太郎
  北 衛 門 犬丸
  馬 三 郎
  衛門四郎
  次郎太郎
  六郎衛門
  助 四 郎
  衛   門
  衛門五郎
  馬 二 郎
  左近五郎
  左近九郎
  左衛門五郎
  弥藤次大夫 上村
  弥 四 郎
  五郎大夫
  左近九郎
  弥 二 郎 □□□
  右   近
  刑部五郎
  今藤次郎
  源 藤 五
  刑   部
  衛門太郎  きりふたき
  刑部二郎  五ノセ
  以上四十一

    平良・小川分
  衛門三郎   上分
  宮内     下分
  衛門三郎   々
  井藤五大夫
  刑部太郎
  介太郎
  弥太郎
  □      ひたり
  中司
  井藤五    小川
  □□左近
  左近二郎
  兵衛二郎
  □平次
  三郎衛門
  平三郎    □□
  二郎衛門
  左近二郎
  こん屋
  刑部二郎
  左近大夫
  右近三郎
  衛門三郎
  衛門     宮前
  刑部大夫
 [    ]
  藤太郎
  左近四郎
  かうし屋
  刑部三郎   柚木
  左近二郎
  左近太郎
  さかみ大夫
  平三
  藤五
  刑部四郎
  右近
  こん屋
  藤太郎
  藤四郎    はら川
  藤七
  刑部
  後藤四郎
  与平次
  宮内
  弥二郎左近
  左藤次
  弥三郎大夫
  左近太郎
  │││馬二郎    宿なし
  馬五郎
  馬三郎
  藤三郎
  藤九郎
  左近四郎
  又四郎
  左近二郎
  大夫二郎
  二郎太郎
  左近
  後藤四郎
  介五郎
    以上卅九二間□りて
        二郎衛門方    披露

     村井分
  二郎太郎
  刑部
  馬
  衛門四郎
  左近三郎
  六郎
  刑部
  三郎大夫
  左近四郎
  左近三郎
  平次大夫
  四郎三郎
  左近
  馬二郎
  右近
  泉大夫
  源三郎
    以上十八

※仲村領主2論文、一五二頁。永正十五年九月付棟別銭・加増銭集帳(八一一)とリンク。

 

 年月日未詳栃生下地指出注文(乾一九)

   三 畝   喜藤三
   三 畝   刑部三郎
   二 畝   前左近
   一畝半   浦道妙
   一 畝   藤三郎
   一 畝   藤次大夫
   二 畝   竹 内
     七せまち一(ま脱)せちハ
   一 畝   刑部五郎
     栃生分
 ││││││(折紙下)││││││
     加地子
   壱 升   小藤三郎
   壱 合   近江大夫
      以上 奉預候
 殿へまいる
       (飯田民部) (花押)

※仲村領主2論文、二〇三頁。明応末年の古川指出注文『義綱』にリンク。

 

 年未詳庄田畠下地帳(坤三〇)
 (表紙) 「庄田色々御下地之帳」
 (二丁目)    河原田分
    御中間大郎衛門御作職分
  此内左之□ 定納申内 損免/   一斗当但年立毛
    同九郎二郎作分
   定納申内 損免   永地のけ分三升立毛分三升  
    同飯田岩福中間三郎兵衛作分
   定納申内 損免   一斗五升但立毛
    同五郎左衛門中間与次郎分
   定納内  損免    貳但斗立毛
    同飯田新右衛門尉分
   定納申内 損免    七但舛立毛
    同九郎五郎分
   定納申内 損免    貳斗五升但立毛 
    又岩福中間三郎兵衛分
  □□ 定納申内 損免    二斗五升但立毛
 (三丁目)   同御中間源左衛門分
  o定納申分 立毛皆川成
    同御中間大郎左衛門分
  o定納申分 立毛皆川成
    同林紀三(け脱カ)郎す分  
 □□  定納内 損免     一斗分永地之かけ分也
             ■■■■但一斗者  立毛分

    同福田分大郎衛門作分
   定納之内 損免   八升但立毛分

     畠田御年貢之分
  木屋之左衛門 定納内  損免   一升但立毛分
  宮前之左藤五大夫分 定納内  損免   二升但皆川成
  [ ] 定納内  損免   四升但皆川成(四丁目)     
  西村四郎衛門分まめ分 定納内  損免   一斗五升皆川成
  野尻与七郎 定納内  損免   五升皆川成
  □□□ 定納内  損免   二升但立毛
  御中間左衛門五郎 定納内  損免   五升但立毛

    本田領家分
  宮前ゑほし分 定納内  損免   一升五合皆川成
  南蔵主分は[        ]候 定納之内         
  宮前孫衛門方 定納内  損免   二升二夕皆川成

    庄分内
  きしひたい分□□弁 定納内       五升壱合五夕皆川成
  同分飯五左中間二郎兵衛弁 定納内       五升壱合五夕皆川成

 (五丁目)    宮前新開分
  損免 三升四合 皆川成 ゑほし 大郎衛門分
  損免 一升八合 皆川成  平ノ平三郎衛門
  損免 四升   皆川成  御〔部カ〕下□左近二郎
  損免 二升五合 皆川成  宮前ゑほし
          左藤五作    
  損免 三合   但立毛   宮川新三郎分
  損免 一升   但立毛  禅源寺 宮前かねつき作
  損免 三升六合 皆川成  宮前左藤五大夫

※田代論文、一四八頁。仲村村落論文、一一六頁。

 

 年未詳毛木さくしき日記(乾八二)
 (端裏書)「毛木さくしき日記」
 あつかり申一しきの田地事
   合
田大、竹内衛門所当ハ五斗也、二畝半」、たうのおの左近の預也、所当ハ二斗」一升、
是ハ右近三郎の下地也、二畝半」、是ハせう左近の下地、公事なかれ也」、所当ハ二斗也、
二畝半、北の大夫預也、是ハ」又三郎の出挙の下地也、所当ハ二斗」、九畝半、刑部四
郎預也、公事なかれ」の下地なり、所当ハ七斗四升、是ハ」しやうたうの下地なり、三
畝、是ハ」平六右馬の預也、所当ハ二斗四升」、是も公事なかれなり」、田半、衛門三郎
の下地也、さくしきハ」孫四郎、所当ハ四斗、是ハかみとのゝ下地也、

※仲村村落論文、一一五頁。高村村落論文、四五一頁。