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史料紹介という修行

松尾大社データベース1

 松尾社・革嶋データベース              
 『松』─『松尾大社史料集』、『革』─『革嶋家文書』、『伯』─『伯家五代記』、『室』─『室町幕府奉行人奉書集成』、『引付』─『室町幕府引付史料集成』、『親元』─『親元日記』

*ワードやエクセルの文章をそのままコピペしただけなので、きちんと表示されていない部分も多々あります。そして、今後それを改善するつもりもありません。 

西暦 年月日 差出 充所 社・神 松尾社祠官 松尾月読社祠官 その他末社祠官 革嶋 内容 文書名 出典
1167 仁安2.4.5               松尾祭延引、櫟谷旅所死穢有、穢本社大政所に及ぶ、去二日宣旨下 顯廣王記p9 『伯』
1167 仁安2.4.13               松尾事、今日官司に付、蔵人右衛門権佐 顯廣王記p9 『伯』
1167 仁安2.4.23               松尾社祓、宣旨今日下知、遣使、俊宣、兼教 顯廣王記p9 『伯』
1167 仁安2.4.29               松尾祭、式日延引 顯廣王記p9 『伯』
1171 嘉応3.2 庄官公文僧・僧検校・本社使・櫟谷禰宜宿禰・国使判官代檜前・介小長谷・官使左史生安部         櫟谷禰宜宿禰   立券、松尾社御領遠江国池田庄 池田庄立券文 『松』1
1174 承安4.4.4               広瀬祭、龍田祭、平野祭、当麻祭、松尾祭、社本祭 顯廣王記p12 『伯』
1174 承安4.11.1               日蝕、諸社祭延引、平野祭、春日祭、社本祭、春日祭、当麻祭、一リ祭、梅宮祭、当宗祭、中山祭、松尾祭 顯廣王記p14 『伯』
1177 安元3.2.24       松尾頼実卿、次官仲頼       疱瘡天変、九社奉幣、松尾頼実卿、次官仲頼 顯廣王記p19 『伯』
1177 治承1.6.28 内舎人藤原・左中将 相頼   相頼       本領主清通朝臣相頼に券を放たしむる状案、沽却私領一所、摂津川辺郡山本庄、相伝私領、直能米2300石調度文書を相副え、松尾前神主御頼に沽却 内舎人藤原某沽券写 『松』1248
1181 養和1.9.16 中弁藤原朝臣・大史小槻宿禰 丹波国           左弁官、丹波国、松尾社領当国天田河甲乙輩漁、釣停止、社司、去月廿日解状、穴井、河、当社毎日供菜所、甲乙輩自由漁簗、鱗介、違例、院奏、制符、朝章、寶荘厳院領庵我庄、鳥羽院、当院(後白河上皇)、殺生禁断、去去年(治承3年)前山庄司為盛打魚簗、神人、體拂、立死去、神人二人刃傷、使庁、関東反逆、神領押領、社領雀部庄堺、丹波国堺、私漁釣停止、宣旨、神菜、天裁、度々院宣、神威之厳、権中納言藤原朝臣忠親 官宣旨 『松』2
1184 元暦1.10.9               丹波国雀部庄 某下文 『松』1573
1189 文治5.4?.28       権祝康仁   櫟谷禰宜相能   松尾社司二人補、権祝康仁、櫟谷禰宜相能 仲資王記p26 『伯』
1194 建久5.閏8.8               閏八月八日裏書、来十五日十三社奉幣、伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、日吉、住吉、広田、祇園、北野 仲資王記p31 『伯』
1196 建久7.6.17 源頼朝             松尾社司、三箇条解状、三河国設楽庄、公領、国司庁宣、神社、武士妨、訴訟、越中国松永庄地頭貞近、庄務懈怠、社家下知、下文、社家訴、甲斐国志摩庄、年貢員数先例、新儀増減運上、押紙、右大将頼朝御判 源頼朝下知状 『松』3
1197 建久8.2.25 沙弥證阿(相頼法師) 櫟谷禰宜相久 頼親 沙弥證阿(秦相頼法師)・親父秦頼親神主   櫟谷禰宜相久   願主頼康、譲与、丹波国天田郡雀部庄、親父頼親神主起請、神領功力、相官に非といえども頼親譲により知行、相頼法師父譲により多年領掌、公験并起請、櫟谷禰宜相久譲与、年貢相頼起請に任せ社家に進上 沙弥證阿秦相頼譲状 『松』4
1204 元久1.3.5 中弁藤原朝臣・大史小槻宿禰             (前欠)、無縁小屋、譴責、訴、闕如、毎年之習新加之座衆、闕分御供勤仕、宣下、寄合座衆、葛野郡内諸郷、大炊梅津両郷、不信不浄御崇、当社鴨御祖社(上賀茂)御同體朝家第四之霊社、神事仏事、彼例に准じ勤行、僅所在神領甲乙之妨、社頭、諸郷、神人、社家下知嘲、神事勅事催促、社頭、諸郷并西七条神人、不可有惣官之下知、違勅解職、勅定、官裁、綸旨、官使、社家催促、毎時違例無、権中納言藤原朝臣宗隆、国社 官宣旨 『松』5
1223 貞応2.8.29 左衛門尉清原 飯田右衛門尉殿   松尾禰宜相久       松尾禰宜相久申、丹波国雀部庄地頭代字十郎新儀非法事申状、折紙を副 北条義時御教書 『松』223
1231 寛喜3.3.21 武蔵守北条時房・相模守北条泰時 駿河守殿(北条重時?)・掃部助殿(北条時盛?)   神主       松尾社領丹波国桑田庄下司職、僧禎玄訴状、見書副、社家進止、神主に下知、鎌倉殿 鎌倉幕府御教書 『松』92、『松』6の関連文書
1231 寛喜3.4.26 掃部助北条時盛駿河北条重時 松尾神主殿   松尾神主殿       社領丹波国桑田庄下司職、去3月21日関東御教書、訴状写、社家進止 六波羅下知状 『松』6
1237 嘉禎3.6.30 散位秦・三宮禰宜秦・月読祝秦・権祝秦・神主秦 秦相政   散位秦・権祝秦・神主秦・親父相頼法師・秦相久・秦相政 月読祝秦 三宮禰宜   譲与、河原田壱所、親父相頼法師開発主、相久相政に譲、文書に任、領知 秦相久譲状 『松』99
1251 建長3.5.22 参議             社領丹波国雀部庄別相伝地、知行相違なし、お祈り忠勤 嵯峨院院宣 『松』1707
1258 正嘉2.9 預所沙弥           (裏打紙端裏書、正嘉2年法花寺供田三通之内)革嶋庄官百姓供田壱町、西山法花寺、御寄進、田代坪付、注進 革嶋庄預所沙弥某下文 『革』37
1258 正嘉2.9 下司曽我部氏女           (端裏書、正嘉二年法花寺供田三通之内)、注進、革嶋御庄内供田、壱町、一色定、段別石代所進量、坪付、二反高木、二反はん田、四反しりほり(尻堀)、二反唐室 革嶋庄内供田坪付注進状 『革』38
1258 正嘉2.9 別当兵部卿朝臣・少従中務丞惟宗・案主中原           (端裏押紙、法華山寺元葛野郡谷村上の山の上方にあり、一名峯の堂)、(端裏書1、正嘉二年法花寺供田三通之内)、(端裏書2、革嶋供田政所御下文、岡屋入道)、(文書の付箋は22代幸元、此文書岡屋関白御筆と云伝、兵部卿朝臣判は鎌倉将軍惟康親王御判也)、入道前太政大臣家政所山城国革嶋庄官、坪付割分法花山寺光明真言供養法料当庄内田地、壱町、分米拾石、坪付 太政大臣近衛兼経家政所下文 『革』39
1263 弘長3.12.18 慶政   相政 松尾神主相政       先日言上候御草庵敷地、ここは松尾神主相政寄進、故入道殿下当山祈御堂以下御置文にいわく、仮閑居の輩、三業を守り、居住せしむべし、許し奉る、四至先申定、東西并南方大道を限る、北方は西山の御筋道、御不宣のため言上 慶政言上状 『松』214
1265 文永2.5.6 北条陸奥守平時茂(山名時茂) 松尾神主殿           当社師職(御師職・社司?)、精誠 山名時茂書状 『松』104
1269 文永6.2.22 散位北条時輔陸奥北条時茂 小河左衛門太郎殿・臼井五郎太郎殿?   松尾正禰宜相幸       松尾正禰宜相幸申、丹波国雀部庄地頭浄心并舎弟光長等狼藉、請文につき重申状、雑掌解具書、所詮事実ならば、下知に任せ、当時の乱入を止め、神供米及雑物糺返、政所破損、不日検見を加え、注申せられるべし 六波羅連署下知状 『松』222
1279 弘安2.6 行周? 子息四郎右馬殿(嫡子眞周)           松尾御社領丹波国雀部庄内寺の別当職并田畠など事、弘安9年11月日、田一町并余田等買取、山内十郎入道導西代弁覚 日行周譲状 『松』1249
1285 弘安8.8.28 治部少輔 松尾禰宜           社領仁倉林、百姓了円・阿道・隆円、奏聞、處勘、院宣 亀山上皇院宣 『松』62
1294 永仁2.7.19 尊暁・?               尊暁等起請文 『松』1250
1295 永仁3.4.19 前伊賀守 松尾正祝殿   松尾正祝殿・前神主相?・父相幸       当社前神主相?事、父相幸に義絶せられ、母に対し謀事を構える 前伊賀守御教書案 『松』1251
1299 正安1.10.3 右中将 神祇伯殿   相憲?       松尾社領丹波国桑田神戸田并山城国河原田、建長・文永・弘安など勅裁に任せ進退領掌、相憲?、新院伏見院御気色 伏見院院宣 『松』1707
1303 乾元2.4.30 尼けんによ 権神主相憲   故神主相幸・権神主相憲・前神主相賢・祝相はる・尾張相よ?       譲渡、庄々并屋敷名田けち(下地?)、丹波国雀部庄、同桑田庄、当庄河原田、大南谷地(屋地?)并其□た、井戸、万石の敷地、故神主相幸相伝社領、調度文書相具、こそう公文の素意に任、なかく権神主相憲に譲給、他人妨不可有、雀部庄内いしわ村はさうしやう一期之後、そうしやう(惣領?)付、前神主相賢、尼を大袋に入、子細近辺の人々皆知、葉室殿へ逃参、不思議之枉災逃、尼雀部庄を奪取ため、もりゆきしにて(死に)、後永仁3(1295)年綸旨申下て奪取、奏聞経て綸旨召返、子細今出川殿土御門のしち、後煩、雀部庄内米40石、雑穀10石、毎年祝相はるこののおはりのすけよ(尾張相よ?)に沙汰、、惣庄損耗時、分際に従、実検遂?沙汰、この敷地・居薗・田の券、相賢盗取、世の末、不思議、罪科 けんによ譲状 『松』100
1304 嘉元2.12.19 右中将 権神主館           松尾社領沽却地支証分明、社家造営沙汰 宇多院院宣 『松』1707
1308 延慶1.12.3 因幡三郎・賢法           (端裏書、南庄宗弘三坪一町、ヤサウコントムマシキ状)、南庄百姓袈裟女名田、壱町宗弘里三坪、六角殿召、やさうこんの頭 因幡三郎・賢法連署請文 『革』40
1309 延慶2.7.13 右衛門尉久盛(預所 左兵衛尉基定           (端裏書、南庄充文、一町)、革嶋南庄名主職、壱町、山城国葛野郡宗広(宗弘)、所当米并段別藁人夫同薪以下公事 革嶋南庄名主職補任状 『革』41
1309 延慶2.8.25 沙弥顯心 子息卿房良周 相世 当社務相世宿禰       譲与、丹波国雀部庄内寺方田畠事、顯心相伝私領、手継証文等相副え、子息卿房良周に永代譲与、建武4年8月1日池辺寺并一宮田畠先年当社務相世宿禰に沽却 沙弥顯心譲状 『松』1252
1312 正和1.11.19 預所久盛 亀鶴殿         憲安 (裏打紙端裏書、革嶋下司預所施行、憲安、伝記中載)、(端裏書、預所施行)、革嶋下司職、本家御教書、領家御下知 革嶋南庄下司職補任状 『革』42
1313 正和2.2 預所久吉・下司革嶋幸政           幸政 御年貢米59石9斗7正8合5夕、1石1斗松尾御料米、屋敷草代4月〜8月毎月375文、毎月30日出、次月1日京進、屋敷藁60束、公田藁300束、畠地子麦8斗6月30日京進、一所菜畠菜50把、御所のをの垣内600文4月中京進、柴木24把内小麦藁有7月7日出、7月7日銭百文麦代、瓜60、6月30日出、人夫75人内2人は吉書若菜夫除、残夫73人代人別20文充3月30日出、5月5日銭100文ちまき代、御節料木45,正月7日若菜7,吉書鏡3枚小餅1膳、(奥裏書、幸政、正和二年二通ノ内伝記ニノス) 革嶋南庄年貢米公事物注文 『革』43
1313 正和2.2 下司革嶋幸政           幸政 (端裏書、幸政、正和二年二通ノ内伝記ニ載)、(別筆、同日一見了、預所久吉花押)、革嶋南御庄名寄、9町5段60歩、又三郎名1町内下里8反せたい、下里2反仁和寺西谷、佐土阿闍梨名1町下里、鍛冶四郎名7反半30歩内、上里半藤内、上里300歩弥治三郎、下里3反寺戸治部寺分梅三、下里2反二郎三郎、90歩弥治三郎、1反寺戸治部寺之分梅三、弥治名9反60歩内、下里1反ヲト女、上里半二郎三郎、下里1反大源氏女、下里1反田上源氏女、下里4反仁和寺西谷、下里1反峯中尾坊、九郎二郎名7反半内、上里1反仏道、下里2反量阿今ハ堂田、上里1反仁和寺西谷、上里1反藤原氏女、下里1反半二郎三郎、下里1反今堂七郎入道、藤三郎入道名8反半内、上里1反越前阿闍梨、上里1反蔵人阿闍梨、下里2反仁和寺西谷、下里2反仁和寺西谷、上里半かつらさぬき入道(桂讃岐入道)、1反ハラノ武蔵尼、1反馬太郎、町尼名5反内、下里2反幸真(幸政?)、上里3反性阿二郎三郎、今堀名7反下里、弥平時名8反半30歩内、下里1反唯道、下里1反藤原氏女、下里3反半犬二郎、下里2反御子、畠田1反30歩弥陀女、千代四郎名9反半内、下里4反寺戸治部寺之分梅三、下里1反半俊士十郎、下里2反仁和寺西谷、下里2反糒内入道、光信名5反内上里1反光安、下里4反光信、弥五郎入道名8反小内、下里4反300歩定蓮房、上里半定蓮房、1反職事給除弥治三郎、上里2反谷石見法橋、上里1町4反小9斗7升代、畠田2反300歩5斗7升代、下里7町8反5斗7升代、已上公田9町5反60歩、御年貢米59石9斗7升8合5夕内1石1斗松尾御料米 革嶋南庄名寄帳 『革』44
1313 正和2.7.21   松尾神主館   松尾神主館       当社造営、社務役、毎年萬疋足、今年御免、院宣 伏見院院宣 『松』7
1316 正和5.11.10 法印賢家             (裏打紙端裏書、正和五年、明徳三年裏書、法印賢家、法性寺孝恩寺領目録)、法性寺孝恩寺領目録、西岡、田、7段半7斗代ムシナ里(狢)2段、公事物藁50束、薪120把、糠3石、木幡、田、2段小、斎院御所跡林并畠茶、四至東山路、南堀、西大道、北陵、山城国キトノヽ庄、四条坊門町スミ、(裏書、木幡田、2段小、10貫文買渡、明蓮、明徳3(1392)年壬申6月20日、見肇 法性寺孝恩寺領目録 『革』45
1317 正和6.1.13 越後守・陸奥 伊山平九郎殿・荻野弥三郎入道殿           松尾社領丹波国雀部庄雑掌盛相申、同国志萬庄住人景資法師、河口庄地頭盛助 関東御教書写 『松』1573
1319 元応1.9.19 検非違使庁左衛門権尉中原朝臣 松尾神主秦相憲 相憲 松尾神主秦相憲       検非違使庁下、松尾神主相憲、別当宣、評定文 検非違使庁下文 『松』8
1323 元亨3.4.7   松尾前神主館           雀部庄六人部御領山野出入、先例、子細あるべからず、違乱庄家 某施行状? 『松』1707
1325 正中2.4.24 荻野総三郎入道殿 左近将監北条平時益六波羅奉行・前越後守北条平仲時六波羅奉行           松尾社領丹波国雀部庄雑掌政□、景資法師、城郭、狼藉、重訴状具書、所労、自由請文、足立彦五郎、近隣地頭御家人、交名、乱入狼藉、緩怠、起請詞、注申 六波羅下知状 『松』9
1327 嘉暦2.6.27 道妙・若王丸・浄忍 僧性秀           (端裏書、桂、嘉暦2年)、桂東庄内田地、6段畠大、安依1段、在所ハ坪付、田畠、道妙相伝所領、僧性秀譲渡 道妙等連署田畠譲状案 桂東庄文書案『革』46
浄忍             桂東御庄内田坪坪、曽祢里18坪2段300歩、延武畠大、同30坪3段60歩、延行、已上6反畠大、(裏書1、此内曽祢里18坪2反300歩ハ峯教一御房に売渡、貞和4(1348)年10月27日、松若丸)、(裏書2、文章如右) 桂東庄田地坪付注文案
1328 嘉暦3.10.7 松尾前神主相憲 嫡男正祝相衡・又一丸相衡舎弟   松尾前神主相憲・嫡男正祝相衡・又一丸相衡舎弟       譲与所領田園等事、丹波国雀部庄、同桑田、大南屋敷并田園、井戸、万石、河原田、山林仁倉村、新家地、但雀部庄内石原林は又一丸に譲、又一丸成人の後充行、河原田一町・新屋又一丸に充行 前神主相憲譲状 『松』1253
1333 元弘3.7.12 式部少輔 一条前宰相殿           摂津国山本庄知行、天気 後醍醐天皇綸旨 『松』10
1334 建武1.2.9 左兵衛督源朝臣足利尊氏寄進状 松尾社           松尾社、豊前国門司関内参町畠一町、奉寄 足利尊氏寄進状 『松』94
1334 建武1.10.21 法眼 中納言僧都御房           (端裏書1、建武元年、円宗寺領岡郷)、(端裏書2、仁和寺安堵)、円宗寺領岡郷内安主垣内7段半 法眼某安堵状 『革』47
1335 建武2.2.18 宮内権大輔 松尾前神主館   松尾前神主館       社領丹波国雀部庄内寺方、奏聞、良□以下濫妨輩、勅裁、神税、天気 後醍醐天皇綸旨 『松』11
1335 建武2.12.3 大蔵権少輔 松尾前神主殿   松尾前神主殿       社領丹波国雀部庄年貢200束?、建長・延慶勅裁分明 後醍醐天皇綸旨 『松』1707
1336 建武3.7.2 足利尊氏 革嶋三郎左衛門尉殿幸政         幸政 新田義貞以下凶徒誅伐、院宣 足利尊氏軍勢催促状案 革嶋家相伝重書案『革』48、紙継目裏に室町幕府奉行人飯尾為頼花押、(端裏押紙、伝記、泰宣時代江州山上、幸政軍忠ノ証文・尊氏公御判紛失、飯尾下総守為頼証文ノ写ニ裏判を加え返授、父子ノ状相添、此巻裏判ハ為頼、為頼は延徳中ノ人
1336 建武3.8.25 革嶋幸政 奉行所         幸政 山城国革嶋三郎左衛門尉幸政、今月13日峯堂馳参、御判、御披露 革嶋幸政着到状案
1336 建武3.9.27 宮内大輔 革嶋三郎左衛門尉殿幸政         幸政 追伐、天王寺以下所々凶徒、発向、一族、馳参 宮内大輔某軍勢催促状案
1337 建武4.8.16             幸政 山城国御家人革嶋三郎左衛門尉幸政、14日〜15日、八幡宮放生会警固役、山城口薬師堂小路勤仕 革嶋幸政着到状案
1338 暦応1.10.23             幸政 着到、八幡御参詣御供、山城国西岡革嶋三郎左衛門尉幸政 革嶋幸政着到状案
1338 暦応1.11.7             幸政 着到、熊野御参詣御供、山城国西岡革嶋三郎左衛門尉幸政、着到 革嶋幸政着到状案
1350 観応1.12.8 足利義詮 革嶋次郎三郎殿景安         景安 河内国凶徒退治、軍忠 足利義詮軍勢催促状案
1336 建武3.8.11 足利尊氏 革嶋幸政         幸政 (端裏書、幸政地頭職御判物写、本紙紛失、建武三年、足利尊氏花押影、山城国革嶋南庄下司幸政、領家職当名田畠半分、地頭職充行、御家人として軍忠、抽賞 足利尊氏感状写 『革』49
1336 建武3.8.11 足利尊氏 革嶋幸政         幸政 同上、(端裏書、幸政、建武三年、伝記ニ所載ノ飯尾下総守為頼ノ写ナリ、裏判ハ同人ナリ 足利尊氏感状案 『革』50
1337 建武4.8.1 阿闍梨良周 松尾前神主相憲宿禰   本主相頼入道法名證阿・松尾前神主相憲宿禰       譲渡、松尾社領丹波国雀部庄内寺方田畠并寺々別当 阿闍梨良證譲状 『松』1254
1337 建武4.8.1 阿闍梨良周 松尾前神主相憲宿禰   本主相頼入道法名證阿・松尾前神主相憲宿禰       同内容売券、直銭130貫文、売譲状 阿闍梨良證沽券 『松』1255
1337 建武4.10.13(延元2) 左兵衛督 松尾前神主館   松尾前神主館       社領丹波国雀部庄内寺方、良□訴訟、文書譲渡、先度勅裁、相伝領掌、神用、院宣 光厳院院宣 『松』12
1338 建武5.1.19(延元3) 尊氏将軍等持院殿御判足利直義 松尾神主殿   松尾神主殿       逆徒暴悪、衆庶荒弊、当社、凶類追討之冥助、国家安全之懇祈 足利直義御教書 『松』13
1338 暦応1.10.4 重成 得平越後公御房           (裏打紙端裏書、革嶋南庄下司職得平越後、御判物、暦応元年)、(裏打紙端裏押紙、建武三年革嶋南庄下司職幸政地頭職トナル、得平氏下司ト成ト見ユ)、山城国革嶋南庄下司職、相伝、安堵 重成奉書 『革』51
1339 暦応2.6.? 沙弥             錦小路殿御時、丹波国雀部庄、院宣今出川中納言家御消息、赤松雅楽 沙弥某御教書 『松』1573
1339? 暦応2?.7.9 上久世季継・河嶋安定・寺戸親智             (端裏書、今井用水上久世・河嶋・寺戸三村契約、安定ハ辻河島ニテ平氏ナリ、暦応年)、(端裏押紙、伝記ニ観応年中今井用水証文トアルハ此暦応ノ誤ナラスヤ、別ニ一通アルカ吟味ノ事)、契約桂河用水今井(桂川)、煩・違乱、久世・河嶋・寺戸流水受、三ヶ郷一身同心、合体之思成、私曲無、同心之儀郷、用水打止、梵天・帝釈・四大天王・下三界所有天衆地類、皇城鎮守諸大明神、郷々鎮守大小神祇冥罰 上久世季継等連署桂川今井用水契約状 『革』52
1339 暦応2.12.23(延元4) 沙弥 松尾前神主殿   松尾前神主殿       伯耆国竹田・三朝両郷、国衙綺、先例、知行、大宮殿 大宮殿御教書 『松』14
1341 暦応4.12.21 右衛門督 松尾前神主殿           松尾社大宮供菜料、東社領丹波国雀部庄年貢200菓 光厳院院宣 『松』1707
1346 貞和2.3.10 能広・善戒 松若丸           (端裏書、桂、貞和二年)、渡与、桂東庄内田地、6段畠大、安依1段、坪付如本文書、親父道妙房、善明房に譲与、善明房性秀他界、松若丸に譲与、老母存知、彼の遺言に任せ、善明房譲状相副、松若丸に付属、(裏書、曽祢里18坪2反300歩、峯教一御房に売渡、貞和4年10月27日、松若丸花押 能広・善戒連署田地譲状案 『革』53
1346 貞和2.9.13(正平1) 前伊豆守時氏尊氏将軍管領山名時氏 松尾禰宜秦相衡   松尾禰宜秦相衡       松尾禰宜相衡、丹波国雀部庄、御奉書拜見、下地、相衡代、代官国範注進状、進覧、御披露、(包紙表書、山名伊豆前司注文、貞和二九卅) 山名時氏披露状 『松』15
1347 貞和3.7.2 伴為重(八木弥九郎)・伴盛義             松尾社御領丹波国桑田神戸田下司 八木弥九郎為重・盛義請文 『松』1086
1347 貞和3.7.2 伴為重(八木弥九郎)             ほぼ同上、ほぼ平仮名 八木弥九郎為重請文 『松』1086
1347 貞和3.7.27(正平2) 左兵衛督源朝臣             松尾社領丹波国桑田神戸田雑掌定勝、下司八木弥次郎盛義濫妨、当所神領、勅裁、社家、下職恩補、武威、神供米、濫妨狼藉、訴申、尋下、今年七月二日盛義状、社家一円神領、御公事、社命に随、先例 足利直義御教書 『松』93
1347 貞和3.12.7 宝篋院殿足利義詮             松尾社雑掌申、丹波国雀部庄領家職、一国社領証状分明、半済沙汰止め 足利直義御教書 『松』1707
1348 貞和4.8.1(正平3) 錦小路殿左兵衛督 松尾社神主殿   松尾社神主殿       紀州凶徒退治、院宣(光明上皇)、当社、大般若経十部転読、祈祷精誠、社僧に相触 足利直義御教書 『松』105
1348 貞和4.8.10 修理亮 山名伊豆前司殿           松尾社司等申丹波国雀部庄軍勢、重申状具書、当庄厳重神領、催促停止 修理亮奉書 『松』1707
1348 貞和4.10.25(正平3) 修理亮尊氏将軍管領源義種 山名伊豆前司殿   松尾社司       松尾社司、伯耆国東郷庄兵、重申状具書、阿波右衛門、地下譴責 源義種下知状 『松』16
1349 貞和5.8.3               松尾社雑掌申、西七条田地10町、社領たるの条、料所の儀止められ畢 某御教書写 『松』1256
1350 観応1.10.29(正平5) 義詮将軍宝篋院殿御判 松尾社神主殿   松尾社神主殿       凶徒退治祈祷、転読大般若経一部 足利義詮御教書 『松』17
1350 観応1.11.21 尊氏将軍等持院殿御判 松尾社権神主殿   松尾社権神主殿       凶徒退治祈祷 足利尊氏御教書 『松』18
1351 観応2.4.21 左衛門佐 小早川備後守殿           松尾社雑掌重幸申、西七条田地10町、訴状、高木次郎左衛門状濫妨 左衛門佐奉書写 『松』1260
観応2.5.6 前備後守貞平・藤原惟氏             松尾社雑掌重幸申、西七条田地11町、訴状、高木次郎左衛門状濫妨 前備後守貞平・藤原惟氏請文写
1351 観応2.5.3(正平6) 足利尊氏 松尾社神主殿   松尾社神主殿       凶徒退治祈祷、転読大般若経一部 足利尊氏御教書案 『松』19
1351 観応2.8.25 足利尊氏 松尾社権神主殿   松尾社権神主殿       凶徒退治祈祷、転読大般若経一部 足利尊氏御教書 『松』20
1351 観応2.9.11 足利尊氏             江州醍醐寺において霊夢あるにより法楽のため披講 法楽和歌 『松』1258
1352 観応3.5.27(正平7) 尊氏将軍等持院殿御判 神主殿 孝久 神主殿・神主大南孝久       松尾社領越中国松永庄、当社日供料脚、神主大南孝久、下地押領神役勤めず、神供忽闕怠、罪科、先例、管領、社役 足利義詮御教書 『松』112
この頃?       孝久・相憲       社務職両家孝久・相憲相論不断絶、宿意をもって社家興行を忘れ、神慮計りがたし、和平 和与状 『松』1577
1352 観応3.9.11 足利義詮             松尾社雑掌朝厳申、社領西七条六ヶ保内八条唐橋等田地10町、(1256写あり) 足利義詮下知状写・某御教書写 『松』1257
1352 観応3.9.27 宝篋院殿足利義詮             松尾社領雑掌定勝申、丹波国雀部庄、訴状具書、半済 足利義詮御教書 『松』1707
1349 貞和5.7.6 左兵衛頭 当寺衆徒中           山城国右京、武士の妨げ停止、嘉禎以後勅裁 左兵衛頭施行状写 『松』1259
1351 観応2.11.1   相賀三郎次郎殿           御祈祷所西山最福寺衆徒等申、右京九条田3町余事、往古寺領たる、早く小早川備後守相共に濫妨の輩を退け、下地を寺家雑掌に沙汰仕付け、請取状執り進むべし、緩怠あるべからず 某施行状写
観応2?.11.2   小早川備後守殿           御祈祷所西山最福寺衆徒等申、右京九条田4町余事、往古寺領たる、早く相賀三郎次郎相共に濫妨の輩を退け、下地を寺家雑掌に沙汰仕付け、請取状執り進むべし、緩怠あるべからず 某施行状写
1354 文和3.9.18 左少弁? 松尾正祝館   松尾正祝・当社故神主相衡       当社故神主相衡遺領丹波国雀部庄、伯耆国東郷庄、山城国井戸・万石・仁倉林、大南など、天気 光厳院綸旨 『松』1261
1355 文和4.1.13(正平10) 尊氏将軍足利尊氏 松尾社神主   松尾社神主       凶徒退治祈祷 足利尊氏御教書 『松』21
1355 文和4.2.12 尊氏将軍足利尊氏 松尾社神主   松尾社神主       天下静謐祈祷、近日精誠 足利尊氏御教書写 『松』937
1355 文和4.3.2 宝篋院殿足利義詮 松尾社神主殿   松尾社神主殿       天下静謐祈祷、近日精誠 足利尊氏御教書写 『松』938
1355 文和4.7.11 松尾神主秦相季 西芳寺 相季 松尾神主秦相季・故相衡・相憲       寄進西芳寺、仁倉林内西在家、件屋敷往代神領、領主職、故相衡別相伝遺領として相季相伝当知行、寺家興隆を存じ、相憲・相衡追善のため、永代寄進、彼の敷地毎年九月六節神供料所たるといえども寺家に寄進の間、社役除き畢 神主相季寄進状案 『松』1262