周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

唾液フェティシズム (Saliva fetishism)

  永享八年(一四三六)三月二十七日条

                   (『図書寮叢刊 看聞日記』5─255頁)

 

            (土御門)

 廿七日、晴、(中略)陰陽師有重参、霊気祭今月仕事之間、禁裏申沙汰、仍是へも

  持参之由申、四半紙十三枚鶏一羽つヽ書、是御唾被吐懸可給之由申、一年中

  閏月まて十三羽云々、此祭当家ならて相伝之由申、吐唾返遣、太刀一被下、

  不及対面、(後略)

 

 

  同年十二月三十日条        (『図書寮叢刊 看聞日記』5─352頁)

 

 卅日、晴、(中略)有重朝臣参、対面、身固申、一年中霊気祭御祈申、御身触之物可

  給之由申、御服練貫、一給、新暦八卦等献之、(後略)

 

 

  永享十年(一四三八)三月二十一日条

                   (『図書寮叢刊 看聞日記』6─134頁)

 

          (土御門)

 廿一日、晴、(中略)有重朝臣参、霊気祭鶏持参、祓之返給、御剣一被下、対面御

  身固申、(後略)

 

 

 「書き下し文」

 (三月)二十七日、晴る、(中略)陰陽師有重参る、霊気祭今月仕る事の間、禁裏に申し沙汰す、仍て是れへも持参するの由申す、四半紙十三枚に鶏一羽づつ書き、是れに御唾を吐き懸けられ給ふべきの由申す、一年中閏月まで十三羽と云々、此の祭は当家ならでは相伝せざるの由申す、唾を吐き返し遣はす、太刀一つ下さる、対面に及ばず、(後略)

 

 (十二月)三十日、晴る、(中略)有重朝臣参り、対面す、身固し申し、一年中霊気祭を御祈り申す、御身に触るるの物給ふべきの由、御服練貫一つを給ふ、新暦八卦等之を献ず、(後略)

 

 (三月)二十一日、晴る、(中略)有重朝臣参る、霊気祭の鶏を持参す、之を祓ひ返し給ふ、御剣一つ下さる、対面し御身固し申す、

 

 

 「解釈」

 三月二十七日、晴れ。陰陽師の土御門有重が参上した。今月は霊気祭を執行するときなので、朝廷で祭を執行した。それで、こちらへも四半紙を持参すると申してきた。有重は、四半紙十三枚に鶏を一羽ずつ書き、それにあなた様の唾を吐きかけてください、と申した。一年十二ヶ月と閏月までを合わせて十三羽だという。この祭は当土御門家だけが相伝してきたと申した。唾を紙に吐いて送り返した。(私は褒美に)太刀を一つお与えになった。対面はしていない。(後略)

 

 

 十二月三十日、晴れ。(中略)土御門有重が参上し、対面した。有重は祈祷し申し上げ、この一年の安全を祈る霊気祭を執行し申し上げた。あなた様のお体に触れたものをお与えください、と申すので、私は絹織物の服一つをお与えになった。有重は新暦八卦などを献上した。

 

 三月二十一日、晴れ。土御門有重朝臣が参上した。鶏が書かれた霊気祭の紙を持参した。これを祓い、お返しになった。(私は褒美に)太刀を一つお与えになった。有重は私と対面して祈祷し申し上げた。

 

 It was fine on March 27th. Tsuchimikado Arishige (the Yin-yang master) visited me. He held a reiki festival at the Imperial Palace. And he tried to hold a festival here too. He drew a chicken on each of thirteen pieces of paper. And he said to me, "Please spit on the paper." A total of twelve months and Undecimber is thirteen. He said only the Tsuchimikado family could hold this festival. I spit on thirteen pieces of paper and sent it back to him. I gave him a sword as a reward.

 

 

 「注釈」

「霊気祭」─病気その他直接身体の障害や危険を取り除き、悪霊の祟りを防ぐもの(村

      山修一「鎌倉武家社会の陰陽道」『日本陰陽道史総説』塙書房、198

      1、310頁)。

「身固」─身体が丈夫になるように、加持や祈祷をすること。また、そのような祈祷や

     まじない(『日本国語大辞典』)。

 

*この記事については、前掲村山著書(「室町期公武社会の陰陽道」356頁)で検討されているので、その箇所を引用しておきます。

 

 興味あるのは、上記有重が今月霊気祭を禁中のために執行するに際し、親王のためにも同じ祭りを奉仕したいといって来、それについて四半紙十三枚に鶏を一羽宛書き、是に唾を吐き掛けて賜りたいと求め、十三枚は一年十二月と閏月を合わせたもので、求めに応じ十三羽にすべて唾を掛けて親王は有重に半紙を返された。一体この紙をどのように祭るのか明らかではないが、有重の家のみの秘伝としている。霊気祭は古くから行われているが、秘伝と称し、陰陽師各自の流儀をいれて特色を出すことを競っていたのだろう。

  

 鶏の絵を描いた四半紙を十三枚用意し、それに唾を吐きかける。祭の詳細はさっぱりわかりませんが、妙な風習があるものです。そもそも、なぜ鶏を紙に書くのでしょうか。どうやら、鶏には「魔を除け、疫病を払い、死を防ぎ、悪を避ける霊力を有するという信仰」があったそうです(葉漢鰲「昔話『桃太郎』の原像 ─雉・鶏の民俗信仰論─」『台湾日本語文学報』22、2007・12、180頁、http://taiwannichigo.greater.jp/pdf/g22/pb06youkangyo_ye_.pdf)。

 では、なぜ唾を紙に吐きかけるのでしょうか。唾自体にどのような意味があったのかはっきりしませんが、人間の罪穢や人間に害をなす鬼魅を唾に託し、それを吐くことで払うという風習が、古代からあったそうです(出口米吉「唾を祓除に用ゐる習慣につきて」『人類学雑誌』27─5、1911年、265・268頁、https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1911/27/5/27_5_263/_pdf/-char/ja)。おそらく、人体から吐き出された唾は、その人の代替物とみなされたのでしょう。穢や災厄を負った唾を吐きかけた紙は、その人物の代わりとして処分されたか、清め祀られたのではないでしょうか。まさに唾液フェティシズム。唾を言語によって記号化(象徴化)し、それに特別な意味をもたせ、それを忌避したり欲望したりする。中世びとも現代人と同じように、フェチ意識が強かったのかもしれません。

 なお、「フェティシズム」については、坂田登「セクシュアリティのエチカ(2)」(『福井大学教育地域科学部紀要』第I部人文科学(哲学編)、47、2007・12、https://karin21.flib.u-fukui.ac.jp/repo/BD00001818_001_cover._?key=QYIOTU)と、「自殺の中世史20 ─自殺史料紹介の悩み4─」を参照。

 

 Imperial Prince Sadafusa drew chicken on thirteen pieces of paper and spit saliva on it. I do not know the details of Reiki Festival, but this is a strange custom. Why did he draw chicken on paper? Apparently, it is said that the chicken has the spiritual power of amulet (180 pages, http://taiwannichigo.greater.jp/pdf/g22/pb06youkangyo_ye_.pdf).
 So why did he spit on paper? In ancient times in Japan, it was said that there was a custom of putting human sins and evil spirits that harm us on the saliva and throwing it away (265, 268 pages, https: //www.jstage .jst.go.jp / article / ase 1911/27/5 / 27_5_263 / _pdf / -char / en). Presumably, saliva exhaled from the human body was considered as a substitute for that person. I think that the paper that they spit saliva containing sins and disaster on has been disposed of as a substitute for that person, or purified. Just salivary fetishism. People in the Middle Ages gave special meaning to saliva by language, and they hated or desired it. They may have had a strong sense of fetishism.

 In addition, about "fetisism", Noboru Sakata "Ethica of sexuality (2)" ("Fukui University Education and Area Science Bulletin" Part I Humanities (philosophical edition), 47, 2007. 12, https: //karin.21 See flib.u-fukui.ac.jp/repo/BD00001818_001_cover._?key=QYIOTU) and "Study of suicide in Medieval Japan 20".

 (I used Google Translate.)