周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

仏通寺文書21

    二一 千畝周竹長松院規式   ○板ニ陰刻

 

       長松院規式

 常住最初捨財之外、不衆僧之私銭矣、依金穀之過分而、招外人之

 譏嫌者、老拙深所恥也、蓋財多則煩亦多矣、煩多則不如法亦多矣、不如法多則

 譏亦多矣、理必然也、凡安衆之地常住資用不之、蓋不獲已而、令然

 耳矣、今後最初之外、不一銭也、不他之借用、不他之

 世営、家常日用宜澹泊、而専行道則千羨万羨予所庶幾也、若好

 閙熱枯淡者、一任離散矣、思之、思之、 伏乞衆悉焉、

     (1457)

     康正三年丁丑九月十六日

                     (周竹)

                    千畝老衲(花押)

 

 「書き下し文」

       長松院規式

 常住最初の捨財の外、衆僧の私銭を置くを許さず、金穀の過分によりて、外人の譏嫌を招かば、老拙深く恥ずる所なり、蓋し財多ければ則ち煩ひ亦多し、煩ひ多ければ則ち不如法亦多し、不如法多ければ則ち譏り亦多し、理必然なり、凡そ衆の地を安ずるに常住の資用之を欠くるを得ず、蓋し已むを獲ずして、然らしむるのみ、今後最初の外、一銭を添ふるを許さざるなり、他の借用を許さず、他の世営を許さず、家常日用宜しく澹泊に甘んずべし、而して行道を専らにせば則ち千羨万羨予庶幾ふ所なり、若し閙熱を好み枯淡を厭はば、一任して離散せよ、之を思へ、之を思へ、伏して乞ふ衆焉を悉せよ、

 

 「解釈」

 長松院に定住する際に持ち込んだ最初のお布施のほかに、衆僧らの個人的な銭を置くのを許さない。金品が過分にあることによって、衆僧以外の人の嫌悪を招くならば、それは私の深く恥じ入るところである。思うに財産が多ければ、苦悩も多くなる。苦悩が多ければ、仏法に反することも多くなる。仏法に反することが多くなれば、誹謗中傷も多くなる。この道理は必然である。だいたい、衆僧の常住の地である長松院に安心して暮らすには、日常的な経費を欠くことはできない。思うに、やむをえず、そのように個人的な銭を置かせているだけである。今後は最初のお布施のほかに、わずかな銭を加えるのも許さないのである。他人からの借用を許さず、他の仕事をすることも許さず、ありふれた日常については、質素な生活を喜んで受け入れるのがよく、そうして修行を専らにすれば、きわめて羨ましいことであり、それこそが私の心から願うところである。もし雑踏を好み枯淡を嫌うならば、すべてを他人に任せてここを離れよ。このことをよく考えなさい。くれぐれも衆僧らはこのことを深く気にかけてください。