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周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

鶏公方 足利義勝

  嘉吉三年(一四四三)六月二十三日条 (『建内記』6─96)

 

 廿三日、丁未、天晴、

  (中略)

 傳聞、頭人摂津掃部入道常承(割書)「満親朝臣事也、」被註所領云々、近日室町

 殿鶏済々有畜養、又多被預置人々云々、摂津掃部入道有大鶏、被召之処、不進之、

 因茲違 室町殿御意、彼分限可註進之由、被仰管領管領仰本人註申之、可有他之

 御計之由、有仰云々、

  鶏事、普廣院殿有厳制、爲闘諍之基由、有俗説之故云々、仍近来人々不畜養者也、

  此等之子細無諫言之人歟、異朝畜鶏者、爲食物也、本朝無其儀、只知時耳、然而

  費五穀食人之食、無益事歟、有諫言之仁者、定可被棄捐歟、上智利根云々、尤有

  憑者也、

 

 「書き下し文」

 伝へ聞く、頭人摂津掃部入道常承(割書)「満親朝臣の事なり、」所領を註せらると

 云々、近日室町殿の鶏済々畜養有り、又多く人々に預け置かると云々、摂津掃部入道

 大鶏有りて、召さるるの処、之を進らさず、茲に因よりて室町殿の御意に違ひ、彼の

 分限を註し進らすべきの由、管領に仰せらる、管領本人に仰せて之を註し申す、他の

 御計らひ有るべきの由、仰せ有りと云々、

  鶏の事、普廣院殿厳制有り、闘諍の基たる由、俗説有るの故と云々、仍って近来

  人々畜養せざる者なり、此れらの子細諫言の人無きか、異朝の畜養は、食物の爲な

  り、本朝は其の儀無し、只時を知るのみ、然れども五穀を費やし人の食を食らふこ

  と、無益の事か、諫言の仁有らば、定めて棄捐せらるべきか、上智利根と云々、尤

  も憑み有る者なり、

 

 「解釈」

 伝え聞いた。地方頭人の摂津掃部入道常承満親はその所領を調査し上申されたそうだ。近頃、室町殿足利義勝は鶏をたくさん飼育している。また多くの人々にその鶏を預け置きなさっているそうだ。摂津掃部入道のもとには大きな鶏がいて、義勝がお召しになったところ、摂津はその鶏を進上しなかった。こういうわけで義勝のご機嫌を損ね、摂津の所領は注進されなければならない、と管領にご命令になった。管領は摂津本人に命じて所領を注進させた。きっと他のご処置があるはずだ、と管領の仰せがあったそうだ。

  鶏のことは、普廣院殿足利義教が厳しく禁止した。喧嘩のもとであるとの俗説があるからだそうだ。だから、近頃の人々は鶏を飼っていないのである。こうした事情を諌める人がいないのだろうか。外国での家畜の飼育は、鶏を食べるためである。我が国ではそのようなことのために飼育はしない。ただ時を知るためだけである。しかし、五穀を浪費し人間の食べ物を食べることは無駄なことではないか。諫言する人がいれば、きっと鶏の飼育をおやめになるはずだろう。義勝は豊かで優れた知恵をもち、生まれつき利発だそうだ。頼りになる人である。

 

 「注釈」

「頭人」─地方頭人。京中の家屋・宅地などに関する訴訟を地方沙汰といい、これをつ

     かさどった。長官は地方頭人と称し慣例の支配に属した(『角川日本史辞

     典』)。

「註」─注進のことか。事物の調査結果を上申して報告すること。足利義勝は所領を没

    収しようと考えていたのではないでしょうか。

「室町殿」─七代将軍足利義勝

管領」─畠山持国

「普廣院殿」─六代将軍足利義教

 

*犬公方ならぬ鶏公方。徳川綱吉の前に足利義勝あり。義勝は鶏が大好きだったようで

 す。ただ、先代の足利義教は鶏の飼育を禁止していたようです。理由は喧嘩のもとに

 なるから。なぜ喧嘩になるのかよくわかりません。闘鶏でもしていたのでしょうか。

 室町時代の日本人は、時を知るために鶏を飼育していたようです。きっと目覚まし時

 計代わりに活躍していたのでしょう。毎朝、街中で「コケコッコー」が連発されると

 なると、さすがにうるさいかもしれません。喧嘩のもととは、鶏の騒音問題。ひょっ

 とすると、ご近所トラブルの早い事例かもしれません。