周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

てるてるビーフ、てるビーフ♪ (Magic spell for praying for fine weather)

  応永三十一年(1424)七月十七日条

                    (『図書寮叢刊 看聞日記』3─47頁)

 

       (生島)

 十七日、晴、明盛参、世事語之、牛一枚〈板切両方」ニ二頭書、〉持参、当絵所預

  秀行筆云々、雨降之時牛釣、然雨晴云々、其為絵所可令書之由兼仰付

  了、仍持参神妙也、(後略)

 

*割書とその改行は、〈 」 〉で記しました。

 

 「書き下し文」

 十七日、晴る、明盛参る、世事之を語る、牛一枚〈板切の両方に二頭書く、〉持参す、当絵所預秀行の筆と云々、雨降るの時牛を逆さに釣る、然れば雨晴ると云々、其のため絵所に書かしむべきの由兼ねて仰せ付け了んぬ、仍て持参せしこと神妙なり、

 

 「解釈」

 十七日、晴れ。伏見の地下人生島明盛が参上した。世間話をした。明盛は、牛の絵一枚〈板切れの両面に二頭の牛を書いている〉を持参した。伏見御所の絵所預(画工の筆頭)秀行の筆によるという。雨が降っているときに、牛を逆さに吊るす。そうすると雨は止んで晴れるそうだ。そのために絵所に書かせよ、と以前から申し付けておいた。よって、これを持参したことは感心なことである。

 

 It was sunny on July 17. Ikushima Akimori in Fushimi visited me. We had a chat. Akimori brought a picture of cows (two cows were drawn on both sides of the board). I heard that the court painter Hideyuki at the Fushimi Imperial Court painted it. I heard that the rain stopped and the weather got better by hanging the cow's picture upside down. So, I ordered a painter to write it before. I was pleased that he brought this.

 (I used Google Translate.)

 

 

 「注釈」

*「てるてるビーフ、てるビーフ。あ〜した天気にしておくれ〜♪」

 本当は「てるてる牛」なのですが、「てるてる坊主」の音数に合わせるために、「ビーフ」にしてしまいました。これでは、晴れを祈るために、牛肉を食べる風習のようになってしまいますね…。

 ふざけたネーミングのことはさておき、馴染み深い「てるてる坊主」が普及する以前に、日本人は牛の絵を描いた板切れを逆さに吊るして、晴れを祈っていたようです。現代の「てるてる坊主」は、逆さに吊るすと雨が降ると言われていますが、中世はその逆だったのです。いったい、どこからこんな風習が発生したのか、さっぱりわかりませんが、この記事は「てるてる坊主」史研究に一石を投じる、貴重な史料になるかもしれません。

 「てるてる坊主」の風習は、平安時代に中国から伝わった「掃晴娘」に由来し(「『てるてる坊主の歌』が怖すぎる?削除された1番の歌詞とは」日本気象協会https://tenki.jp/suppl/usagida/2015/05/14/3771.html)、江戸時代中期には普及していたそうです(「照る照る法師」『日本国語大辞典』の引用文献、ウィキペディア等)。この平安時代と江戸時代の間隙を埋めるのが、今回の史料ということになります。

 さて、考えるのをやめてしまおうかとも思ったのですが、やはり気になるのは、なぜ「牛」を描くのか、そして「逆さに」吊るすのか、という2点です。牛を描くことについては、以下のような憶測が成り立つかもしれません。この記事が書かれたのは七月です。ということは、乞巧奠(七夕)の時期になります。快晴を祈願するわけですから、当然、祈るべき対象は空にあるはずです。七夕で天空といえば牽牛星。つまり、「牛」つながり…。ここに牛を描く理由があったのではないでしょうか。

 次に、牛を「逆さに」吊るすことについて考えてみます。そもそも、なぜ「晴れ」を祈ったのでしょうか。ためしに、この記事の書かれた7月17日以前の1ヶ月間の天気を調べてみると、夕立を含めて4日しか雨が降っていません(『看聞日記』より)。かりに、この1ヶ月雨が続いて困っていたから、これから先の晴天を祈った、というのなら納得できますが、どうやらそうではなさそうです。では、なぜか。旧暦の7月末から8月といえば、稲の収穫時期に当たるので(木村茂光「中世農村と盂蘭盆会」『日本・古代中世畠作史の研究』校倉書房、1992年、353頁)、秋雨はきっと稲の成熟や収穫作業の邪魔になったことでしょう。本来は雨の続く時期なわけですから、それとは「逆」の晴れを祈ったため、牛の絵柄を「逆さまに」して吊るしたのではないでしょうか。

 もはや単なる連想ゲームで、何の根拠もありませんが、こんな妄想もおもしろいかもしれません。