周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

神のお使い

  嘉吉元年(一四四一)十二月二十七日条 (『建内記』5─37)

 

 廿七日、己未、天晴、

  (中略)

  (智林)                          七ヶ日

 浄蓮華院長老来臨、巻数等祝着々々、吉夢事被談之、先日任槐祈念参吉田社中事也、

 鹿二頭出現寺家経蔵邊、向後必可達其望感應之瑞也云々、

 

 「書き下し文」

 廿七日、己未、天晴れ、

  (中略)

 浄蓮華院長老来臨す、巻数等祝着々々、吉夢の事之を談ぜらる、先日任槐祈念に七ヶ

 日吉田社中に参る事なり、鹿二頭寺家の経蔵辺りに出現す、向後必ず其の望み達すべ

 き感応の瑞なりと云々、

 

 「解釈」

 浄蓮華院の長老智林がお出でになった。祈祷巻数等を持参してくれてたいそう満足だ。縁起のよい夢のことについてお話になった。先日内大臣に任官の祈念のために七日間吉田神社に参拝した。そこで、鹿二頭が神宮寺の経蔵辺りに出現した夢を見た。今後きっと任官の望みは叶うはずだという、神仏が願いに応えてくれた奇瑞であるという話だ。

 

「注釈」

「浄蓮華院」─左京区大原来迎院町。天台宗延暦寺の別院である来迎院の塔頭。融通念

       仏の開祖良忍が創立した。

「吉田社」─左京区吉田神楽岡町。皇城鎮守二十二社の第十七位。藤原山陰(一条天皇

      の外祖母が山陰の孫)が藤原氏氏神である春日神社の四神を勧請して創

      建した(『中世諸国一宮制の基礎的研究』)。

「任槐」─太政大臣左大臣・右大臣のいずれかに任じられること。ただし、この時

     は、内大臣の任官を望んでいたようです(「万里小路時房略年譜」『建内

     記』十、参照)。

 

*まるで説話のような話です。時房の内大臣任官祈念のために、浄蓮華院長老の智林が

 藤原氏氏神を奉祀した吉田神社に参拝した。七日間参籠しているうちに瑞夢を見る

 のですが、吉田神社春日神社の御祭神を勧請しているので、神の使いは鹿なのでし

 ょうね。これで内大臣就任は確実。ですが、実際に任官するのは、四年後の文安二年

 (一四四五)十二月二九日でした。時間はかかりましたが、神様が願いを叶えてくれ

 たのでしょうね・・・。