周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

一ノ瀬正樹著書

 一ノ瀬正樹『原因と理由の迷宮』勁草書房、2006

 

*単なる備忘録なので、閲覧・検索には適していません。

 また、誤字・脱字の訂正もしていません。

 

序章 不確実性の認識論

P5

 ⑴「原因」は時間的推移を包含した概念であるのに対して、「理由」は無時間的である。よって、痙攣して倒れたという時間的推移を有す出来事に対しては「原因」が適用されるが、友達に意地悪をする根拠は、意地悪をすることを納得させる正当化の論理が問われているのであって、そうした論理はいつ誰が誰に意地悪をしようと当てはまるという意味で時間性から独立なので、「理由」概念が当てはめられる。

⑵「原因」は自然的出来事に適用されるのに対して、「理由」は意味的内容に当てはめられる。意味的内容とは人為的・言語的なものであり、よってそこには、意味それ自体以外に、認識、信念、意図、欲求などの内容が含まれる。こうした対比は、「因果性」と「志向性」という哲学での基本的対比とおおよそ対応している。

⑶原則的に、「原因」は外延的であり、「理由」は内包的である。このことは⑵からの帰結である。すなわち、「原因」は出来事を指示するので、その出来事を指しているのであればどういう表現でそれを記述しても自体としては同じことが指示されている。よって、同じ対象を指示する表現(外延を等しくする表現)によって、交換可能である。それに対して、「理由」は本質的に言語依存的なので、出来事として同じであったとしても、どう表現するによって(内包によって)異なることを意味していることになる。

 

第1章 確率の原因

P26

 迷いから意思決定というプロセスが私たちの認識と行為のすみずみまで行き渡っているということ、それゆえ私たちの生活の骨組みを形成しているということ、このことを確認することによって、一つの重大な論点が導かれてくる。すなわち、迷った上で選択するとき、そうした選択はそれぞれの選択肢の欲求・願望を実現させる「確からしさ」に基づいて行われるしかないということ、これである。

では、「確からしさ」とは何か。添えはまさしく「確率」にほかならない。

 

P55

 原因の指定というは、もともとから「風が吹いて桶屋が儲かる」風の任意性のもとにある。私のくしゃみの原因を人が私の噂をしていることだ、とすることを完璧に誤りであるとすることは理論的にできないので、まさしく「確率」概念を持ち出して一定の合理的秩序づけを図ることが目論まれているのであり、そうした探求の方向性の根幹をなす「確率」概念そのそのものについていま論じているのである。

 

P87

 明らかにこれは、第二の発光を私たちが見るということが、第一の発光から第二の発光に至る発光点の運動という過去の出来事を生み出す原因になっているという仕方で、逆向き因果の一例として解釈することが可能である。

→過去に火をつけたという原因で、現在火を見ているという結果が生じる。逆に、現在火を見ているという原因は、過去に火をつけたという結果を導く。

 

P97

 私たちが後ろ向きに過去を眺めることが過去的出来事の生起確率の遡行的崩壊の虚構的な原因となり、それから私たちはその過去の時点から後の時間へと前向きに眺め返すという、そうした過程から立ち上がる決定論である。この過程は、最初は過去的出来事についての現在的現前化によって引き起こされ過去へと遡行するが、それからその過去的出来事を現在の状態を決定づけたものと捉えることによって現在へと復帰してくる。それゆえ、ここには一種の決定論が現れる。こうした決定論は、確率が遡行し崩壊したところの過去の観点からすれば、未来に関わっていると述べることができるだろう。私はこうした決定論を、無時制的決定論と退避させるため、「ブーメラン決定論」と呼ぶことにする。

 →リストラという過去事象が現前化して過去へと遡るが、それが現在の自殺を決定づけたものとして、現在へと復帰する。現在とは過去の時点からすると未来に当たる。リストラという現在(過去)の原因が未来(現在)の自殺という事態を決定づけた。これがブーメラン決定論

 

 

第2章 曖昧な理由

P173

 「ソライティーズの因果説」を提示することで私は、曖昧性を消去しようとしているのでは断じてない。曖昧性が曖昧性として実在的に世界に浸潤していると認識すること、これが私の基本的スタンスだからである。では、ベイズ的理論の応用によって何が行われるのか。それを私は、「各章」ではなく、暫定的な境界線の「創造」であると、そのように捉えたい。

 

P174

 こうしたことは、曖昧な概念や述語を用いた私たちの認識・言語表現全般についても、程度の多少はあれ、間違いなくいえる。「呼びかけと応答」による私たちの認識そして理解実践はそのようにいつもゆらぎゆく。Vibrante(ヴィブラートをつけて)、私たちの理解実践はゆらぎ震えながらそのつど響き渡り、一定の説得力を持つ「理由」づけとして「創造」されて行く。そしてそうした「創造」は、現在の文脈に沿った暫定的なものである限り、文脈のさまざまな変遷・ダイナミズムに沿いながら、さらに再「創造」されていく。そうした変遷を絶えず引き受けているという事実、それこそが曖昧性の実在性の証しである。つまりは、「ソライティーズの因果説」とは、概念や言葉の意味の変化が時とともに「創造」され続けていくこと、こうした(実はありふれた)事態をベイズ的理論を取り込むことで把握しようとしている理論なのである。

 →曖昧性が解決されたら、最初から基準があったことになり、曖昧ではないことになる。曖昧性がいたるところにあるということは、基準など最初からないことになる。

 

 

第3章 歴史の認識

P181

 過去のなかの、人間の言語的記述によって現在と結びつけられる出来事のあり方、それが「歴史」である。

つまり、「歴史」は過去のなかの一部を指すのだが、それはほんの一部である程度から、ほぼ全過去を覆うまでの、極めて融通性に富んだ概念なのである。

 

P188

 歴史の客観性が次の点、すなわち、「合理的に受容可能かどうか」に掛かっていて、そしてそこでの合理性は「歴史家たちによって普遍的に合意され、そして実際に機能している、彼らの共同体の目的に由来する」こと、あるいは「普遍的に受容可能であるような帰結が達成されること」、そうした点に存するということにおよそ異論はありそうにないからである。あるいは、過去が私たちの世界理解に広く含意されている以上、おしなべて実在あるいは客観性とはむしろそうした共同了解的なものであるといえるかもしれない。そしてそうなら、過去は実在していることが含意されているとしても、そこに私たちの共同了解が媒介する限り、絶対確実な身分・内容が保証されているわけではないことになろう。歴史学の基礎についての哲学的探求が要請される余地がここに生まれる。

 

P190

 「出来事レベル」の因果関係について。歴史的説明という問題の源泉は、歴史的出来事を理解可能なものとして記述するときに私たちは一般的な法則性をそこに適用しているのか否か、という問題にあった。歴史的出来事はある意味で一回的である。よって、繰り返して現れることも観察することもできず、法則性とは対極にあるように思える。そもそも歴史の対象たる過去は原理的に不在なので、観察も検証も原理的にできないはずなのである。だとすると、歴史的な事件を理解するとは何を求めていることになるのか。私はこの問題を見るに当たって、歴史的説明は総じて因果的説明である、というダントの示唆するテーゼを前提したい。というのも、歴史的出来事の説明とは、被説明項たる出来事を近接する時期に生じた他の説明項たる出来事に言及することによって理解可能にすることであり、そうした時間経過のなかで現れる出来事間の結びつきを示すことは、(時間が関わる以上)論理的関係でもなく、(三人称的な出来事を問題にする以上)志向的関係でもなく、因果関係に最もふさわしい役割であると思うからである。そのように捉えた上で、もし歴史的出来事の一回性を重んじ、かつそれら出来事間の関係を因果関係だとすると、ここで働く因果とは「単称因果」であるということになる。単称因果とは法則性を含意しない因果のことだが、私の知る限り、これは結局はかつてデュカスが規定したような、特定の時間と空間において契機する二つの変化へと帰着し、ひいてはそうした変化の観察へと切り詰められる因果関係であろう。しかし、やはりこれは継起の知覚に基づく、純粋に現象的なレベルでの関係性である。なので、真の原因は別にあって、単に見せかけの継起が現出しているだけの場合と、本当の因果関係とを区別する機制をもたない。だとすれば、単なる現象ならぬ歴史的出来事の因果的説明は、それが成功し説得的であるなら、単称因果としてではなく、何らかの一般的な法則性を事実上呼び込んでいると、そう考えねばならない。少なくとも、説得的であるためには法則性を呼び込むべきであるという規範的主張はここで確認できるだろう。

 →歴史学は因果関係の法則性の説明であり、そこには合理性がなければならない。その合理性とは歴史家による合意、共同了解によって証明される。

 

P204

 過去と未来の非対称性をどう説明するか。⑴過去時制言明には「完璧なあきらめ感」が伴うが(たとえ理論的には「逆向き因果」が可能だとしても、感覚的には諦観が伴う)、未来時制言明はそうではない。⑵過去時制言明に宿る偶然性は顕在化された偶然性だが、未来時制言明の偶然性は潜在的なものにすぎない。⑶過去時制言明には責任や行為者性の帰属を行う働きがあるが、未来時制言明にはそれはない、という三つである。

 

P205

 歴史物語を語り、歴史認識を表明するのは、国と国との間に緊張関係が生じたりしたときのような、何らかの危機や日常のゆらぎに直面したときに、自らの正当性や存在理由、あるいは進むべき道を示すためである、ということである。

 →人間が存在すること、生きることの正当性や理由を示すため、自殺という生命の危機を分析しているのか。生死一如。生きるとは何かを理解するためには、命を自ら絶つことを分析しなければならない。

 

P207

 歴史認識は本性的に「呼びかけ」に対するアドリブの即興的な「応答」なのである。以上のことは、私たちの行為一般の説明や理解に対して妥当する。私たちの行為を理解したり説明したりするとうことは、過去の事柄を認識することにほからないからである。そもそも行為の説明・理解ということをするのは、何か説明や理解をしなければならないことがすでに行われたからである。しかも、これは大抵は日常性を逸脱した行為であり、典型的には犯罪行為などがそれに当たる。日常的な何の不思議感ももたらさない行為は、説明も理解もことさら必要でない。しかし、日常を逸脱した行為の典型である犯罪行為に対しては、私たちは説明や理解を求め(つまり、「呼びかけ」る)、裁判などに至る。そして、そこで検討される行為理解はまさしく歴史認識なのである。

 

P208

 私たちは行為を理解したり説明したりするとき、日常性ということで私たちが暗黙に受容している文脈や文化を何らかの意味で正当化しているのだという、そうした真相の事態を(あまりに染み付き固着しているので気づかれにくいかもしれないが)主題化しなければならない。

しかし、説明を要する行為とは何らかの意味で日常性を逸脱したと捉えられる行為であり、行為一般に関する説明などというニュートラルな問題はリアリティがないこと、そしてそうした問題化される行為とは、過去に生じたものであり、よって行為論は歴史認識の問題と本性的にリンクしていること、そうした当たり前の観点からなされるべき問題設定が等閑に付されているように思われる。

 →日常を逸脱した行為の説明をするということは、自分たちが日常・当たり前だと思っていることを相対化し、顕在化することになる。

結局、問題の原因や責任の所在を確定したいという「呼びかけ」に対する「応答」行為が、歴史学という学問。

 

 

第4章 仮説の確証

P215

 ベイズ的確証理論。証拠が仮説の確率を高めるという関係こそ、確証にとって重要であると解されるのである。

 

P233

 以上の考察によって、もう少し根底的なレベルでも同様な意思決定負荷的アスペクトが存在すること、それを容易に見取ることができるようになる。すなわち、満足のいく診断を下すために、どの背景理論に頼るべきかについての意思決定をしなければならないということ、この点である。先の虫垂炎の例を再び使えば、おそらく、漢方医は診断を下すに当たってまったく異なる見立てをするであろう。たとえば、それは腹直筋の緊張によって引き起こされていると判断するかもしれない。もしそうなら、使用医学と東洋医学の両方の教育を受けた医師は(近頃はそうした医師は決してまれではない)、どちらの体系が適用するのにより適切かについて意思決定しなければならないはずである。同様な点はもう少し表面的な次元でも確認できる。眼精疲労の例に戻ってみよう。眼視疲労として分類される症状は、脳腫瘍や心身症の場合にも同様に出現する。それゆえ医師たちは、その症状を訴える患者を診察するとき、厳密にいえば、眼下、脳外科、心療内科のうち、どの医療かがその患者を診るべきかについての意思決定をしなければならない。これは、諸理論に関する選択の一種であるとみなすことができるだろう。こうした考え方をさらに突き詰めて行くなら、すでに論じた、どのようにデータを収集するか、どのように確率を算定するか、についての意思決定もまた、諸理論に関する意思決定の一種であると捉えることもできるだろうと思われる。

要するに、診断を支持する証拠やデータは背景仮説と不可分なのであり、そのことは、グリモアの基本的着想について言及しながら私が先に確認したことにまさしく対応しているのである。

すなわち、仮説や診断を支持する証拠やデータは背景知識と不可分、よって知識のより分けと不可分だということである。

 →すべての説明は意思決定による。背景知識や仮説の選定も、意思決定による。証拠やデータ集めにも、背景知識や仮説の選定が知らず知らずに入り込んでいる。証拠を証拠として選んでいる時点で、何らかの常識で証拠とみなしている。その常識選定は、本当に妥当なのかを考えておく必要がある。現代人の先入観なのかもしれない。

 

P237

 古証拠による新仮説の確証は、次の二つのことを考慮することによって遂行される意思決定に基づいている。すなわち、⑴背景理論と確率や尤度の算定とを通じて新たに提起される古証拠と新仮説との間の連関性、⑵そのようにして新たに提起された連関性によって新たに問題とされることになった効用、である。換言するならば、いわゆる古証拠は、純粋に古証拠として現れているのではなく、新たに提起された連関性と新たに問題とされてきた効用との絡みのなかで現在行われている意思決定の経過において、いわば現在的証拠として現れているのである。

 

P247

 こうして、「原因」と「理由」の迷宮の探索は、「不確実性の認識論」という主題設定の元、「なぜならば」文を「呼びかけと応答」という場面で捉え返しつつ「確率」と「曖昧性」という二つの不確実性の位相をめぐって、あるいはその二つの位相の絡み合いをめぐって、ついに「責任」の問題へと収斂してきた。desiso(決然と)、過去物語を提示すること、意思決定をしてその責を潔く担うこと、責任のありかを決然と断ずること、そうした「応答」の響かせ方が理解実践の核をなす歴史認識と仮説確証の両面から浮かび上がってきた。しかし、これは考えてみれば自然な成り行きであろう。というのも、不確実性のなかで判断し行為し意思決定していくということは、それが不確実性である以上、結局は「そうであるはずだ」という断定を「ジャンプ」して行ってしまうこと、つまり飛躍して創造してしまうことになるからであり、そのことは、意思決定をして飛躍・創造をしていく人に「責任」(あるいは「功績」)が発生するということと同義であろうからである。

このようにして、「呼びかけ」への「応答」は、「応答可能性」すなわち「責任」を見越しているという自然な事態の有り様が私たちの理解実践の分析を通じて露わとなってきた。こうした事態には、おそらく、「責任」が「説明責任」という「理由」として発現するという事情も自然に包摂されているが、それだけでなく、「責任」が「原因」ともともと同義であったという事情への連結可能性も組み込まれている(ギリシャ語の「アイティア」、日本語の「何々のせい」という表現は「原因」と「責任」の両方を表す)。

 →自殺の歴史的研究は、人間を自殺に至らしめる原因(責任)のありかを決然と断ずること。自殺という日常性を逸脱した行為を危機とみなし、なぜそうするのかという動機を問いかけ、動機を生じさせた原因・理由に答えていく「応答」こそが、歴史学の役割。