永享八年(1436)七月五日条
(『図書寮叢刊 看聞日記』5─296頁)
五日、晴、入夜雨下、自公方五色二籠・酒蘸十桶・沸出酒小棰一給、件酒ハ河内国
〔者〕〔沙〕
住人窮困之物毘舎門ニ祈請、為其利生竹を切、中より酒沸出、又味噌も涌出
云々、(後略)
「書き下し文」
五日、晴る、夜に入り雨下る、公方より五色二籠・酒蘸十桶・沸出酒小棰一つを給はる、件の酒は河内国の住人窮困の者毘沙門に祈請し、其の利生として竹を切るに、中より酒沸き出で、また味噌も湧き出づと云々、
「解釈」
五日、晴れ。夜になって雨が降った。公方足利義教から、五種類二籠の食べ物、酒漬け十桶、湧き出し酒を小さな樽に一ついただいた。この酒は、河内国の住人で貧しい者が毘沙門天に祈願し、そのご利益として竹を切ったところ、竹の中から酒が湧き出し、また味噌も湧き出したという。
It was sunny on July 5. It was rainy at night. Shogun Ashikaga Yoshinori sent me food and drink. This liquor has the following episodes. I heard that the sake sprang out of the bamboo when a poor man in Osaka prayed to Vaiśravaṇa (Bishamonten) and cut the bamboo. I heard that miso sprang out of it too.
(I used Google Translate.)
「注釈」
「酒蘸」─未詳。酒に漬けた食べ物か。
*以前に紹介した「壬生閻魔堂のかぐや姫」に続き、これも『竹取物語』の変異譚になるでしょうか…。竹の中から黄金がザックザクではなく、ジャブジャブと酒や味噌が湧き出てきました。何でも構わないので、ウチの竹林からもそんなありがたい賜り物が出てきてほしいものです。
それにしても、なぜ竹の中から黄金や酒、味噌などのありがたいものが湧き出してくるのでしょうか。実は、竹には次のような神秘的なイメージがあったと考えられています(斉藤研一「石女地獄について」『子どもの中世史』吉川弘文館、2003年、初出2000年、207〜209頁および注釈参照)。竹の中の空洞には何かが宿っており、そこでは何らかの変身(変生)が成し遂げられるという普遍的な心性があったそうです。また、竹はその成長の速さや繁殖力から、繁栄や繁盛のシンボルでもあったそうです。
毘沙門天のご利益(エネルギー)が竹の中に宿り、貧困者を豊かにする酒や味噌(物質)に変成した。中世では、このような理屈ができあがっていたのかもしれません。