二七 毛利輝元書状(折紙)
因島内証之通慥承届候、聊無忘却之条、不可有気遣之候、自然族之儀共候者、
(来島通昌) (村上吉充)
何時茂可被相尋候之由、可被仰渡候、先年沖家数度之変化ニ茂、対当方新蔵人覚悟
不相替段、貞心之儀候、弥可有馳走事肝要候、恐々謹言、
右馬頭
十一月廿六日 輝元(花押)
隆景まいる 申給へ
「書き下し文」
因島内証の通り慥かに承り届け候ふ、聊かも忘却無きの条、気遣ひ之有るべく候ふ、自然族の儀ども候はば、何時も相尋ねらるべく候ふの由、仰せ渡さるべく候ふ、先年沖家数度の変化にも、当方に対して新蔵人の覚悟相替はらざる段、貞心の儀候ふ、いよいよ馳走有るべき事肝要に候ふ、恐々謹言、
「解釈」
因島村上氏の本心を、そのままたしかに聞き届けました。少しも忘れていないので、気遣いする必要もございません。もし村上一族の件で問題があれば、いつでもお尋ねになればよい、とお伝えになってください。先年、来島通昌が何度か心変わりしたときも、毛利家に対する新蔵人村上吉充の心構えが変わらなかったということは、貞節な心です。ますます因島村上氏の面倒を見ることが大事です。以上、謹んで申し上げます。