周梨槃特のブログ

史料紹介という修行

明日は早朝から毒の雨が降るでしょうw。

  嘉吉元年(一四四一)三月六日条 (『建内記』3─96)

 六日、天晴、夜微雨、

  (中略)

 (傍注)「若爲天魔之所爲哉」不審々々、後日清大外記来語云、此事於毘沙門堂有人

 聲云、明旦毒雨可降也、水不可服用之由称之、此事室町殿被聞食及之、被相觸云々、

 被申入 禁裏歟、未分明云々、

 

 「書き下し文」

 六日、天晴れ、夜微雨、

  (中略)

 「若し天魔の所為たるか」不審々々、後日清大外記来たり語りて云く、此の事毘沙門

 堂に於いて人の聲有りと云ふ、明旦毒の雨降るべきなり、水を服用すべからざるの由

 之を称す、此の事室町殿之を聞こし召し及ばれ、相触れらると云々、禁裏に申し入れ

 らるるか、未だ分明ならずと云々、

 

 「解釈」

 もしかすると、天魔の仕業だろうか、はっきりとはしない。後日、船橋業忠がやって来て話していうには、「この件についてだが、毘沙門堂で人の声がしたそうだ。『明朝毒の雨が降るはずだ。水を飲んではならない』、ということを言っていた。このことを室町殿(足利義教)がお聞き及びになり、様々な方面にお知らせになったそうだ。朝廷に申し入れなさったかどうかは、まだはっきりわからない」と言う。

 

 「注釈」

「天魔」─欲界六天の頂上、第六天にいる魔王とその眷属(『日本国語大辞典』)。

毘沙門堂」─京都市山科区安朱稲荷山町の毘沙門堂のことか。天台宗五ヵ室門跡の一

       つ。応仁の乱で焼失するまでは、上京区毘沙門町・上塔之段町・下塔之

       段町あたりにあったと考えられている(『京都市の地名』)。

「清大外記」─船橋業忠。室町時代儒学者

 

毘沙門堂で「人の声」が聞こえた。でも、本当は「人に非ざるものの声」だったので

 しょうね。神仏の密談をこっそり聞いてしまった僧侶の話などは、説話集でもよく見

 られます。こういう不思議な話を、室町時代の人たちはある程度信じていたことに、

 改めて驚きます。恐怖の天気予報を聞いてビビった将軍足利義教が、あちこちに「毒

 の雨予報」を知らせている姿を想像すると、ちょっとおもしろいですね。毒の雨(酸

 性雨)を浴びまくっている我々現代人にとっては、大した問題ではないですが…。