周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

蜂戦 ─「三日蜂」と「しし蜂」─

  応永三十一年(1424)八月二十三日条

         (『図書寮叢刊 看聞日記』3─55頁)

 

 廿三日、晴、時正初日也、入風呂如例、抑今日御所棟上有しゝ蜂巣、三日蜂二卅

  飛来、欲食蜂子、仍巣之廻しゝ蜂数千相集三日蜂合戦、二時余噛合、死有疵

  蜂数多、遂しゝ蜂負退散、三日蜂巣食破、子食、しゝ蜂一二千集歟、

                               〔議〕

  三日蜂纔」二卅也、然而勝了、死疵蒙蜂共御所内落散、希代不思儀事也、但

         (マヽ)

  蜂戦常事云々、抑聞、

 (頭書)           (貞長ヵ)

 「抑聞、此間事也、室町殿御馬伊勢因幡被預、彼馬物言、厩之者聞之、傍

  無人、厩上ニ居人同聞之、馬物を云けるとて驚見、馬うなつく云々、不思儀之

  間披露申、八幡神馬被引進云々、」

 

 「書き下し文」

 二十三日、晴る、時正の初日なり、風呂に入ること例のごとし、抑も今日御所棟上げにてしし蜂の巣有り、三日蜂二、三十飛来し、蜂の子を食らはんと欲す、仍て巣の廻りにしし蜂数千相集まり三日蜂と合戦す、二時余り噛み合ひ、死して疵有る蜂数多、遂にしし蜂負け退散す、三日蜂巣を食ひ破り、子を食らふ、しし蜂は一、二千も集ふか、三日蜂は纔かに二、三十なり、然れども勝ち了んぬ、死して疵を蒙る蜂ども御所内に落ち散る、希代不思儀の事なり、但し蜂戦常の事と云々、

 「抑も聞く、此の間の事なり、室町殿の御馬伊勢因幡に預けらる、彼の馬物を言ふ、厩の者之を聞く、傍に人無し、厩の上に人居りて同じく之を聞く、馬物を云ひけるとて驚き見るに、馬頷くと云々、不思儀之間披露し申す、八幡神馬に引き進らせらると云々、」

 

 「解釈」

 二十三日、晴れ。彼岸の初日である。いつものように風呂に入った。さて、今日は御所の棟上げで、そこにミツバチの巣があった。キイロスズメバチが二、三十飛来し、蜂の子を食べようとした。そのため、巣の周りにミツバチが数千匹集まり、キイロスズメバチと戦った。4時間あまり噛み合い、傷ついて死んだ蜂がたくさんいた。結局、ミツバチは負けて退散した。キイロスズメバチは巣を食い破り、蜂の子を食べた。ミツバチは一、二千も集まっただろうか、キイロスズメバチはわずか二、三十匹だった。しかし勝った。傷ついて死んだ蜂たちは、御所内に落ち散った。めったに起こらないような不思議なことである。ただし、蜂の戦いは普通のことだという。

 「さて、次のようなことを聞いた。先日のことである。室町殿足利義持のお馬が伊勢因幡守(貞長ヵ)に預けられた。その馬がものを言った。厩の者がこれを聞いた。傍に人はいなかった。厩のほとりに人がいて、同じく馬が話すのを聞いた。馬が喋ったと思って驚いて見ると、馬が頷いたそうだ。考えも及ばない不思議なことだったので、室町殿に披露し申し上げた。石清水八幡宮の神馬として進上されたという。」

 

 「注釈」

*数ヶ月ほど前でしょうか、「又吉直樹のヘウレーカ!」という番組の再放送で、ミツバチが「熱殺蜂球」という必殺技を繰り出し、天敵のスズメバチを蒸し殺しにしている衝撃映像を見てしまいました。「約400匹ものミツバチが一斉に取り囲み、胸の筋肉を震わせて発熱し、スズメバチを蒸し殺してしまうの」だそうです(https://www.tamagawa.jp/graduate/news/detail_14741.html)。

 ところで、今回の記事に現れた「しし蜂」と「三日蜂」とは、いったいどのような蜂なのでしょうか。まず、「しし蜂」から検証してみたいのですが、『日本国語大辞典』によると、①「スズメバチ」、あるいは②「ミツバチ」を意味するそうです。ちなみに、後者「ミツバチ」の用例文が今回の史料になります(https://kotobank.jp/word/獅子蜂-2045786)。数千匹も寄り集まって数で対抗しようとするところなど、ミツバチと解釈して間違いなさそうです。

 次に、「三日蜂」ですが、これがよくわかりません。おそらく読み方は「みかばち」だと思うのですが、これも『日本国語大辞典』で調べてみると、「木蜂(みかばち)」という項目があり、「樹蜂(きばち)の古名」だと説明されています(https://kotobank.jp/word/木蜂-2084712)。では、この「木蜂・樹蜂」とは何か、とさらに疑問がわきます。

 そこで、次に平安時代に作成された辞書『和名類聚抄』を見てみると、「木蜂」は土蜂(地中に巣を作る大きな蜂)に似ているが、それよりも小さな蜂で、樹上に巣を作る、という簡単な説明がなされているだけなのです(国会図書館デジタルコレクション『倭名類聚鈔』20巻、https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2544225/27)。おそらく「土蜂」はオオスズメバチクロスズメバチを指すと考えられるのですが、それよりも小さくて樹上に巣を作る蜂など、掃いて捨てるほどいます。

 そこで、冒頭の「熱殺蜂球」の話に戻るわけです。「三日蜂」はわずか2、30匹で、数千匹にも及ぶミツバチの大群を攻撃し、蜂の子を食べているわけですから、オオスズメバチに負けず劣らず、かなり獰猛な肉食性の蜂だということになります。そう考えると、「三日蜂」は「キイロスズメバチ」か「コガタスズメバチ」になるのではないでしょうか。記主伏見宮貞成親王の蜂の鑑定眼がどれほど優れていたものかはわかりませんが、一応、上記のように解釈しておこうと思います。

 なお、この記事を書くにあたって、以下のホームページを参照しました(「古文書に記されたスズメバチ」『都市のスズメバチhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~vespa/vespa075.htm)。

 

 ところで、今回の記事にはもう一つ、物を言う馬の存在が記されています。動物が喋ることについては、すでに「未来からのサイン ─物言ふ動物・予言獣─」という記事で触れましたが、そこでも述べたように、喋る動物というのは、だいたい不幸や災害を予言するようです。今回の馬は何を口走ったのかわかりませんが、どうしてそんな薄気味悪い馬を神馬として石清水八幡宮に寄進したのでしょうか。人語を喋る神がかった馬ではあるのですが、そんなものをもらって本当に嬉しいのでしょうか…。