文明十七年(1485)五月十五日条
(『大乗院寺社雑事記』8─302頁)
十五日 雨下、自日中晴、 (中略)
一雑説云、山伏数十人猿沢池之西辺ニ出来、於茶屋茶呑之、至太刀辛ヲ辺則不見云々、彼茶銭ハ木葉以下者也云々、近日事也、
「書き下し文」
一つ、雑説に云く、山伏数十人猿沢池の西辺りに出来し、茶屋に於いて茶之を呑む、手力雄辺りに至り則ち見えずと云々、彼の茶銭は木の葉以下の者なりと云々、近日の事なり、
「解釈」
一つ、根も葉もない噂によると、山伏が数十人、猿沢池の西のあたりに現れ、茶屋でお茶を飲んだ。山伏たちは手力雄神社にやってくるとすぐに、その姿が見えなくなったという。彼らの支払ったお茶代は、木の葉などのものであったとそうだ。最近のことである。
According to unsubstantiated rumors, dozens of yamabushi appeared around the west of Sarusawa Pond in Nara and drank tea at a teahouse. I heard that the yamabushi disappeared as soon as they arrived at the Tajikarao shrine. I heard that the coins they paid were turned into leaves when they checked. This incident happened recently.
(I used google translate.)
「注釈」
「太刀辛ヲ」─現奈良市橋本町の手力雄神社。春日大社の境外末社。
*まるで、「まんが日本昔ばなし」のようなエピソードです。そういえば、以前にも同じような書き出しで、あるエピソードを紹介しました。それは「酒好きの狸」という記事で、下女に化けた古狸がお酒を買い、飲んで帰ろうとしたところ、正体がバレて殺害される、という悲惨な話でした…。
今回の史料は、狸ではなく山伏。厳しい修行でやっと手に入れたであろう験力。それを偽造通貨行使なんていうしょうもない犯罪行為に使うなんて…。いや、厳しい修行で手に入れたのは験力などではなく、マジックの技術だったのかもしれません。
それにしても、偽造通貨行使というエピソードが、庶民の語る与太話のなかに現れているのをみると、貨幣経済が室町時代の社会にどれだけ広まっていたのかがよくわかります。そういえば、経済苦による自殺が見られるようになるのも室町時代でした(「自殺の中世史3─10」)。貨幣の浸透度を測る基軸はいろいろあるのでしょうが(桜井英治『交換・権力・文化─ひとつの日本中世社会論』みすず書房、2017年)、知らず知らずのうちに人間の思考の内側に入り込み、経済活動とは直接結びつかないような事象にも影響を及ぼして初めて、真の意味で貨幣経済にどっぷり浸かったと言えるのかもしれません。
なお、この史料については、先行研究で触れられているので、以下に該当箇所を引用しておきます。
文明十七年(一四八五)五月十五日に、山伏数十人が猿沢池の西辺に現れて、茶屋において茶を飲み、手力男命社の辺で見えなくなった。彼らが払った茶銭は木の葉であった。これは近日の事件であったと噂された(『大乗院寺社雑事記』第八巻三〇二頁)。猿沢池のほとりには、不思議な者たちが出現してもおかしくないとの意識が当時の人びとの間にあったからこそ、このような噂が立ったのであろう(笹本正治「猿沢池が血に染まる ─伝承と場のイメージ─」『中世文学』52、 2007・6、37頁、https://www.jstage.jst.go.jp/article/chusei/52/0/52_52_34/_pdf/-char/ja)。