周梨槃特のブログ

いつまで経っても修行中

小田文書47

   四七 しやうてう田地充文

 

 宛行

 河上さいたうかもち分田の事

  合壹所者

                    (悉皆)      (打渡)

 右かの田つほハ、やなきかせミなミたに、しつかいさいたうにうちわたす處実也、但

          (公事以下)  (先例)        (退転)

 かきりある御年具御くうしいけハ、セんれいにまかせ候て、たいてんなく仕候て、永

  (知行)           (子孫)    (違乱煩)

 代ちきやうせしむへき物也、もし子しそんの中ニいらんわつらいを申物候ハ丶、此状

     (公方)  (沙汰)

 をもんてくほうにて御さたあるへし、仍爲後日沙汰あて状如件、

     (1392)

     明徳三年みつのへ申   九月十六日

               くしまならはらの しやうてう(略押)

 

 「書き下し文」(可能な限り漢字仮名交じりにしました)

 充て行ふ

 河上さいたうか持ち分田の事、

  合わせて壹所てへり、

 右彼の田坪は、柳が瀬南谷、悉皆さいたうに打ち渡す處実なり、但し限り有る御年貢・御公事以下は、先例に任せ候ひて、退転無く仕り候ひて、永代知行せしむべき物なり、もし子孫の中に違乱煩いを申す物候はば、此の状を以て公方にて御沙汰あるべし、仍て後日の沙汰の爲、充状件のごとし、

 

「解釈」

 給与する河上さいとうの持ち分の田地のこと。

  都合一所。

 右の田地は、柳が瀬南谷にあり、すべてさいとうに引き渡すことは事実である。ただし、重要な御年貢・御公事・その他は、先例に任せまして、中断することなく勤め申し上げまして、永久に田地を知行するべきものである。もし子孫の中に妨害や迷惑をかけるものがおりましたなら、この充状を証拠として用い、公方の裁判所で御裁許に預かるべきである。そこで、後日の訴訟のため、充状の内容は以上のとおりである。

 

 「注釈」

「河上」─川上。久嶋郷の地名。

 

「さいたう」─未詳。

 

「公方」─将軍、守護、地頭、厳島社のいずれかはっきりとしません。

 

「しやうてう」─未詳。