*送り仮名・返り点は、『県史』に記載されているものをそのまま記しています。ただし、大部分の旧字・異体字は常用漢字で記載し、割書は〈 〉で記載しました。本文が長いので、いくつかのパーツに分けて紹介していきます。なお、森下要治監修・解説『篁山竹林寺縁起』(広島大学デジタルミュージアム・デジタル郷土図書館、http://opac.lib.hiroshima-u.ac.jp/portal/dc/kyodo/chikurinji/top.html)に、竹林寺や縁起絵巻の情報が詳細に紹介されています。書き下し文や解釈はこれを参照しながら作成してみましたが、わからないところが多いです。
ニ ヨシスケ モ リ シ カ ク ス
然處関白艮相 雖レ有二頓死玉一、胸之間少温故、無二左右一不レ奉二葬送一、
ル テ ニ ハ クナミ テ ス ヲ
去間良相到二琰魔王宮一而見給、冥官冥衆多並居而裁断二罪業之軽重一、
ニ モロヽヽノ ツラヽヽヲモンミルニ ハ リ ニ ヒノ モ ク ニ イルヤノ
爰 諸 有情 倩 以、 或有二中友迷者一、 或如二空於射箭一
リ ニ レ モ ハ テ ノ ニ リ ニ モ テ ノ ニ
有二六道之岐別行一、或至二炎魔庁庭一、有下逢二裁断一者上、然則任二炎魔張一而
ム アク ル ニ モノヲハ テ ノ ヲ リ ヒキ ムカヘテ ノ ニ
定二其業之善悪一、不レ明之一者 尋二帝尺張一知レ之、或引二向浄頗梨鏡一而
アラハシ ノ ヲ ハ テ ノ ニ タヽシ ツミノ ヲ ハ セテ ノヲモテヲ ム
現二一期所作一、或懸二業秤一而糺二罪軽重一、或見二善悪札之面一而令レ知二
トカノ ヲ コトハテ ツミ ヲ タシ ニ コト アラス モタトヘニ
過実否一、断二 其罪々々一而随二其地獄其地獄一給、非二恒沙譬一、
(絵15)
ミルニ ヲ ツ ノ ハ レ セメ ノ ニ ニ シ ニ ヨミカエル
又看二八大地獄一、先等活地獄之有情、被レ迫二炎熱之焔一、一時死一時活ル、
ニ ク ト ニ ノ ハ テ ネツ ツツナヲ チ ル ナキ ケ テ チ
故名二等活一、次黒縄地獄之苦、以二熱鉄縄一而打縛之時、泣叫而身即心
ヱン ス ニ ノ ハ ノ ノ タニヽ ヲセメ テ ヨリ ヲス チウミ
即焚滅、次衆合地獄之苦、熱鉄山之谷、 衆生迫集而従二両方一押レ之、血膿
レ ルコト シ ヲスニ ヲ テイキヤウ ハ テ メ ニ モトムルニ カクサン ヲ
流注 猶レ壓二油一、次啼叫地獄之有情、被レ迫二苦痛一覓レ 蔵レ 身所一而
コヽニ リ ムロ テ テ クス ヲ時テ キ □ヲ ク ヲ サケフ エ シ
爰 有二鉄室一、悦而入レ内陰レ、身起二火焔焼レ室焼レ身、 叫 聲如レ雷、
テイ ノ ル ヲ リ ハ モ ニ サケフ キ ナル ニ ス イニ ハ
次大啼叫地獄受レ苦在様、雖二同叫一 硬 響大故非二比類一、次炎熱地獄、
シテ ヲ テ ノ ニ ヤクコト ニタリ ヲ イルニ ニ コクネツ クルシミハ
令二衆生一置二熱鉄之板上一而 焼 似二 魚煎一、 次極熱地獄之苦、
ミツマタノネツテツノ ヲ ヲ シタヨリ ツキツラヌク クシノサキノ リ ノカメ キ
以二三支熱鉄串一、 罪人於下 擋貫之、 串崎 各從二両膊頂一
トヲリイテ ク ケン シ リ ニ ノ ノ ルシミハ リ ホノヲノイバラ
徹出、 焼レ身苦患無レ限、次無間地獄之苦、 従二十方一 焔 荊
テ テ ケレ ヲ ル ハイスミト トキ テ ノ ミニ ヒ ス ヲ ル ト
出来焼レ身者、成二灰炭一時、 入二鉄箕一而簸二出之一時、成二人躰一、
□ ニヲヒ ケ ヒ ス ノチ テ カナハシヲ ヌキ ヲ テ ノ ヲ ルコト
熱鉄山頂遂上 遂下後以レ 鉺 抜二出舌一、以二百釘一而張レ之
シ ルカ ノ ヲ ノ ニ ケ フセテ テ カナハシ ヲ ヒキヒラキ ク ヲ レ
如レ張二牛皮一、熱鉄地上仰臥而 以レ鉺口 掣 開 置二鉄丸入一、
リ ト ル キ ワケル ノ ヲ ケハ ニ トヲシテ ニ ナヤムコト
従二口内一喉焼時以二洋 銅湯一 灌レ口、徹二 臓腑一而身心悩
レハ サク ク
無二間隙一、名二無間一、
(絵16)
つづく
「書き下し文」
然る処に関白良相頓死給ふこと有りと雖も、胸の間少し温かき故に、左右無く葬送し奉らず、去る間良相閻魔王宮に到りて見給へば、冥官・冥衆多く並み居て罪業の軽重を裁断す、爰に諸々の有情つらつら以るに、或いは中有に迷ひの者も有り、或いは空に射る箭のごとく六道の岐に別れ行く者も有り、或いは閻魔の庁庭に至りて裁断に逢ふ者も有り、然れば則ち閻魔の庁(ヵ)に任せて其の業の善悪を定む、之に明らめざる者をば帝釈の庁(ヵ)を尋ねて之を知る、或いは浄頗梨の鏡に引き向かへて一期の所作を現し、或いは業の秤に懸けて罪の軽重を糺し、或いは善悪の札の面を見せて過の実否を知らしむ、其の罪其の罪を断りて其の地獄其の地獄に随はし給ふこと、恒沙も喩へに非ず、
(絵15)
又八大地獄を看るに、先づ等活地獄の有情は、炎熱の焔に迫められ、一時に死に一時に活る、故に等活と名づく、次に黒縄地獄の苦は、熱鉄綱を以て打ち縛るの時、泣き叫びて身心即ち焚滅す、次に衆合地獄の苦は、熱鉄の山の谷に、衆生を迫め集めて両方より之を押す、血膿流れ注がるること猶ほ油を壓すがごとし、次に啼叫地獄の有情は、苦痛に迫められて身を蔵さん所を覓むるに爰に鉄室有り、悦びて内に入りて身を陰くす、火焔を起こして室を焼き身を焼く、叫ぶ声雷のごとし、次に大啼叫地獄の苦を受くる在り様は、同じ叫びと雖も硬ぶ響き大なる故に比類に非ず、次に炎熱地獄は、衆生をして熱鉄の板の上に置きて焼くこと魚を煎るに似たり、次に極熱地獄の苦しみは、三支の熱鉄の串を以て罪人を下より之を擋き貫く、串の崎各々両の膊頂きより徹り出で、身を焼く苦患限り無し、次に無間の地獄の苦しみは、十方より焔の荊出で来て身を焼けば、灰炭と成る時、鉄の箕に入れて之を簸出す時、人躰と成る、熱鉄山頂に逐ひ上げ逐ひ下す後鉗を以て舌を抜き出し、百の釘を以て之を張ること牛の皮を張るがごとし、熱鉄地の上に仰け臥せて鉗を以て口を掣き開き鉄丸を入れ置く、口内より喉と焼くる時洋ける銅の湯を以て口に灌げば、臓腑に徹して身心悩むこと間隙無ければ、無間と名く、
(絵16)
つづく
「解釈」
そうしていたところ、関白藤原良相が急死なさることがあったが、胸のあたりが少し温かかったので、ためらうことなく葬送し申し上げなかった。そうしているうちに、良相は閻魔王宮にやってきてご覧になると、閻魔庁の役人や鬼たちが多く居並んで、罪業の軽重を裁決していた。ここでさまざまな衆生をよくよく見ていると、一方では中陰の迷いにいる者もおり、一方では空に向かって射た矢のように六道の分岐点から分かれていく者もおり、一方で閻魔庁の法廷にやってきて、判決を受ける者もいた。そこで、閻魔庁の判決に任せて、その人の生前の行為の善悪を決定した。そこでははっきりしない者は帝釈天庁を訪ねさせ、その善悪を知った。一方で浄頗梨の鏡に対面して一生の所業を映し出し、一方で所業の善悪を量る秤に掛けて罪の軽重を取り調べ、一方では善悪の札の表面を見せて罪の実否を知らせた。それぞれの罪を判定し、それぞれの地獄に行かせなさる人の数は、無限の数量にたとえられないほど多い。
(絵15)
また八大地獄を見ると、まず等活地獄の衆生はひどく熱い炎に責められ、一旦は死に、しばらくすると蘇る。だから、等活(みな等しく蘇る)と名付けた。次に、黒縄地獄の苦しみは、熱せられた鉄の縄を用いて衆生をしっかりと縛るとき、泣き叫んで心身を焼き滅ぼす。次に衆合地獄の苦しみは、熱せられた鉄の山の谷に衆生を追い込み集めて、両方からその山を押す。血や膿が流れ注ぐ様子は、まるで(荏胡麻から)油を押し出すようだ。次に啼叫地獄の衆生は、苦痛に責められ、その身を隠そうとする場所を探すと、そこに鉄の部屋があった。喜んで部屋の中に入り、身を隠した。(そのとき)火炎が起きて部屋を焼き身体を焼いた。叫ぶ声は雷のようだ。次に大啼叫地獄の苦を受けるありさまは、啼叫地獄と同じだが、叫び声の響きがより大きいゆえに同類のものではない。次に炎熱地獄は、衆生を熱せられた鉄の板の上に置いて焼かせる様子は、魚を焼くのに似ている。次に極熱地獄の苦しみは、三つ叉の熱せられた鉄の串を罪人の下半身から突き貫く。串の先のそれぞれに両腕の上腕部を貫通させ、身を焼く苦悩はこのうえない。次に無間地獄の苦しみは、十方から炎の荊が出てきて罪人の身体を焼くと、灰や炭になるときに、鉄製の箕にそれを入れてごみを取り除くと、人体になる。熱せられた鉄の山頂に追い上げられたり、(そこから)追い下ろされたりしたのち、金鋏で罪人の舌を抜き出し、百本の釘でこれを張る様子は、牛の皮を張るようである。熱せられた鉄の地面の上に仰向けに横たえられて、金鋏で口を引っ張って開き鉄の玉を入れて置かれる。口の中から喉まで焼けるとき、沸騰した銅の湯を口に注ぐと、内臓に染み渡って心身を苦悩させることにいとまがないので、無間と名付けられた。
(絵16)
つづく
「注釈」
「浄頗梨鏡」
─仏語。地獄の閻魔王庁にあって、死者の生前の善悪の所業を映し出すという鏡(『日本国語大辞典』)。
「啼叫地獄」
─叫喚地獄のことか。なお、地獄の説明については、石田瑞麿「『往生要集』の成立とその後」(『日本人と地獄』講談社学術文庫、2013年、74〜94頁)を参照。