解題
前記田所文書と一体であったと思われるが、現在その所在を失っている。寛治から元弘までの十通の文書は、各時代の田所氏の動向を示している。(同書刊本から採録)
一 三善信軄譲状
譲渡
田所執事
(帯)
件軄、依レ爲二數代之所滞一、爲二次譜第一、即男大帳所惣大判官代三善兼信所二
(渡) (宣ヵ)
譲⬜︎一如レ件、縦雖レ有二譲状一相二副申文一可レ蒙二国定之一、仍勒二事状一譲状
(如件)
[ ]、
(1091)
寛治五年四月八日
(信軄)
田所惣大判官代三善(花押)
「書き下し」
譲り渡す
田所執事
件の職、数代の所帯たるにより、次の譜第として、即ち男大帳所惣大判官代三善兼信
に譲り渡す所件のごとし、縦ひ譲状有りと雖も、申文を相副へ国宣之を蒙るべし、仍
つて事状を勒す、譲状件のごとし、
「解釈」
譲り渡す 田所執事。
この執事職は、数代所持してきたことにより、次の継承者として、子息の大帳所惣大判官代三善兼信に譲り渡すものである。たとえ譲状があったとしても、申請書を添えて上申し、安堵の庁宣をいただくべきである。そこで事情を書き上げた。譲状は以上のとおりである。
「注釈」
「田所」─①国衙在庁の所の一つ。田積の調査を主要任務とする。②一二世紀半ばか
ら、国衙の田所に倣って荘園にも荘官としての田所が置かれた(『古文書古
記録語辞典』)。
「執事職」─国衙の職務を統括する機能と職責を有する職名。「執事兄部職」「田所文
書執行職」とも表現される(関幸彦「『在国司』に関する一考察」『学習
院大学文学部研究年報』25、1978、https://glim-re.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=819&item_no=1&page_id=13&block_id=21)。
「譜第」─家の継承について、親─子─孫と同一血縁の中で代々相承すること、またそ
の系譜のこと。古代の律令制下では、一方で個人の才能を重んずる立場をと
るが、他方譜第性を尊重する考え方をも示している。郡司については明確に
譜第性を重んずることが明記されている(『古文書古記録語辞典』)。
「即男」─「即ち男」と読みましたが、ひょっとすると「息男」の誤字かもしれませ
ん。
「大帳所」─大帳(計帳)を作成する部署(古尾谷知浩「日本古代の籍帳類にみる死亡
人」『HERSETEC』2─2、2008、https://www.gcoe.lit.nagoya-u.ac.jp/result/result02/hersetec-vo2-no2-2008.html、https://www.gcoe.lit.nagoya-u.ac.jp/result/pdf/2-2-03古尾谷.pdf)。「計帳」は、令制において戸籍とならぶ基本帳
簿。一国の戸数・口数・課口数・調庸物数を書きあげた統計的帳簿。四度
使がもたらす四度公文の一つで、調庸賦課の基本台帳として毎年作られ、
大帳使が京進した。京職や国司は、各戸主からの戸口の姓名・年齢などを
書いた手実(実情報告書)を提出させ、それを基礎資料として計帳を作っ
た。朝廷は計帳によって課口数の推移や調庸物の数量を知った『新版 角
川日本史辞典』)。
「国宣」─二号文書のこと。国司庁宣の略か。「庁宣」は「庁宣」と書き出す文書の総
称であるが、ふつうは国司庁宣をいう。十一世紀〜十四世紀、受領の発する
下文様文書で、在庁官人に対して出す指令文書を指していう(『古文書古記
録語辞典』)。