永享五年(1433)閏七月二十七日条
(『図書寮叢刊 看聞日記』4─204頁)
廿七日、晴、朝両頭小蛇一方入頭穴之間不見、尾方有頭、両頭初而見、希有事也、
「書き下し文」
二十七日、晴る、朝両頭の小蛇一方の頭を穴に入るるの間見えず、尾の方にも頭有り、両頭初めて見る、希有の事なり、
「解釈」
二十七日、晴れ。朝、頭の二つある小蛇が頭の一方を穴に入れていたので、見えなかった。尾のほうにも頭があった。両頭の蛇を初めて見た。珍しいことである。
Leap July 27, sunny.
In the morning, a small snake with two heads inserted one of them into a hole. Its tail was also a head. I saw a two-headed snake for the first time. It is unusual.
(I used Google Translate.)
【考察】
*どうやら、室町時代の日本にも両頭の蛇(双頭の蛇)がいたようです。こうした珍しい出来事に遭遇した場合、これまでの記事を踏まえると、必ずと言ってよいほど吉凶が問題になっていました。ところが、今回の場合「稀有事也」としか書いてないので、ただ純粋に、珍しいものを見た驚きを日記に書き残したのだと思われます。どうして、吉凶が問題にならなかったのでしょうか。
両頭の蛇と聞いて真っ先に思い出されるのは、『蒙求』の「叔敖陰徳」というエピソードだと思います。これは、春秋時代の学者孫叔敖の子どものころの話ですが、ある日、叔敖は頭の二つある蛇を見て、それを埋めてしまいます。当時の中国には、「頭の二つある蛇を見た者は死ぬ」という巷説があったようで、叔敖は自分が死ぬことを恐れるとともに、自分以外の人間がその蛇を見るのを心配して埋めたのです。これを聞いた叔敖の母は、人に知られない善行(陰徳)のある者には、天が幸いで応えてくれるから、死にはしない、と諭したのでした。こうした考え方を「陰徳陽報」思想と呼ぶようです。
このように中国では、両頭の蛇は不吉な兆候と考えられていたようですが、それとともに、陰徳を積んでいれば、その不吉を取り除くことができるとも考えられていたようです。
ところで、この『蒙求』ですが、日本でもずいぶん古くから教科書として利用されていたようで、陽成天皇の元慶二年(878)に貞保親王がはじめて『蒙求』の講義を受けたという記事があるそうです。「勧学院の雀は蒙求を囀る」ということわざもあるように、藤原冬嗣が藤原氏のために創立した学校「勧学院」でも盛んにこの書が読まれていました(「蒙求」『漢詩・漢文解釈講座 故事・寓話Ⅱ』第16巻、昌平社、1995、317頁)。
ひょっとすると、記主伏見宮貞成親王も、「両頭の蛇」のエピソードを幼いころに学んで知っていた可能性があります。だからこそ、「両頭の蛇」を見ても恐ろしいとか不吉だとか感じることもなく、ただただ珍しいと感じるだけだったのかもしれません。
*参考史料「両頭蛇」(前掲『故事・寓話Ⅱ』第16巻、325頁)
賈誼新書曰、孫叔敖為二嬰児一、出遊而還、憂而不レ食。其母問二其故一。泣而対曰、今日吾見二両頭蛇一。恐去レ死無レ日矣。母曰、今、蛇安在。曰、吾聞見二両頭蛇一者死。吾恐二他人又見一、已埋レ之矣。母曰、無レ憂。汝不レ死。吾聞レ之、有二陰徳一者、天報以レ福。人聞レ之、喩二皆其為一レ仁也。及二令尹一、未レ治而国人信レ之。列女伝曰有二陰徳一者陽報レ之。徳勝二不祥一、仁除二百禍一。天之処レ高聴レ卑。爾必興二於楚一。及レ長為二令尹一、老終。
「解釈」
賈誼の『新書』にいう。孫叔敖が幼児だったとき、外に遊びに出かけて帰ってくると、心配して物も食べなかった。母親が理由を尋ねた。彼は泣きながら答えて言った。「今日、私は頭の二つある蛇を見てしまいました。たぶん近いうちに死んでしまうでしょう」と。母親が言うに、「いま、その蛇はどこにいるか」と。叔敖が言った。「私は『頭の二つある蛇を見た者は死ぬ』と聞いていました。だから、他の人がさらにまた見るのが心配で、もうその蛇を埋めてしまいました」と。母親が言った。「心配することはありません。お前は死にません。私は、『人知れぬ善行のあるものには、天が幸いでこたえてくれる』ということを聞いています」と。人はこの話を聞いて、みな彼が仁者であるはっきりと知った。令尹(政治を執る最高の官位)になると、まだ政治を行わないうちから、人々は彼がよい政治をすることを信じた。『列女伝』にいう。「人知れぬ善行ある者には、目に見える報いがあるものです。徳は不吉に勝ち、仁は諸々の禍いを除き去ります。天は高所にあっても卑いところのことを聞き知っています。お前は必ず楚で身を興すでしょう。」と。彼は成長すると令尹隣、天寿を全うして亡くなった。
「両頭のツクシ」